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物語というものは
どういうことなの。
カタリナは、いらいらが収まらない。
今日、手に入れた、灰被りは王女に夢を見る、の、最終巻ときたら。
読者を笑っているのか、いや、きっとそう。
この結末はないでしょう!
声を大にして言いたい。
言わないけど。
この物語は、完全な創作だ。架空の世界、架空の国、人々は異能を持たないのが通常で、魔力と称される力を持つ者は非常に少ない。
そんななか、血族婚の多い貴族階級では、魔力を持っていて当たり前、とかなんとか。
お気に入りの物語だったけれど、最終話で一気に状況を、ひっくり返して、主人公と思われた平民の少女が、恋に破れて神殿に入り、純潔の誓いを…って。
我慢ならない。
こんな結末を見るために、これまで胸ときめかせて読んでいただなんて…。
ああ、涙が滲む。
こつこつ、と、扉を叩く音がして、カタリナは振り返った。
「カタリナ様、よろしいでしょうか。そろそろ、御召替を」
扉の外から声を掛けられて、カタリナは、部屋の置時計を見た。
いつもの就寝時間を大きく外れて、侍女としては、放っておくわけにいかなくなったのだろう。
でも、今は、八つ当たりしない自信が無い。
「自分でするわ、放っておいて!」
正しく八つ当たりで言葉を放つと、カタリナは、勢いよく息を吐いて、気持ちを整えた。
やがて顔を上げると、廊下に出る扉を開けて、外にいる侍女に言った。
「ごめんなさい。いいわ、手伝って」
「只今」
侍女は、ほっとしたように笑顔を見せて、入るように促すカタリナの背を追って、入室した。
そのさらに後を追う、黒い男。
「なによ、セリス」
この侍女と違って、幼い頃から知っているので、掛ける言葉も、ぞんざいだ。
「…いいえ。ご気分を害されている理由を確認しているだけです。私に何か、できることはありませんか」
「いいのよ、いちいち、気に掛けなくて」
昔から、彼は立場を弁え過ぎている。
年長ということもあるけれど、ときどき、それが、堪らなく苛立たしい時がある。
「どうぞ、私のことこそ、気遣いなど不要と、割り切ってください」
「いやよ!」
どうして分からないのだろう。
カタリナは、苦しくなって、俯いた。
気持ちを整えて、顔を上げ、その瞬間、思い付いた。
「あるわ、できること」
「お聞かせいただけますか」
「明日、街を歩きたい。平民の娘として!」
セリスは、ちょっとだけ間を置いて、上体を倒してから言った。
「貴族の娘ということで、ご容赦いただけませんか」
「いやよ!世間一般の娘として、街を歩きたいの!」
現在の、王女としての立場では、もちろん、そんなことは許されない。
相手が譲歩しているだけ、自分も、そうすべきだったけれど、カタリナは、彼に甘えている自分を自覚していた。
「お言葉ですが、貴族の娘も、世間一般の娘です。商家などの娘では、役目を果たせる護衛を付け難いので、譲れません」
「むぅ…!」
思わず唸ってしまい、はしたない音を立ててしまったと、カタリナは慌てて横を向くと、セリスから顔を隠した。
「分かったわよ!そのようにして!」
「それでは、明日の昼食のあとに、整えておきます」
「分かったわ」
「では、本日は失礼を。ごゆっくり、お休みできますように」
「…ありがとう」
「…はい」
ちらりと、セリスを見ると、やさしい笑顔が見られた。
どきりと鼓動が跳ねて、思わず顔を背ける。
最近の自分は、感情の制御が甘い気がする。
今夜は、あの物語のせいだと思うけれど。
背中で、扉の閉じられる音を聞きながら、カタリナは侍女の待つ寝室に向かった。
ほんの数歩の距離のなか、気持ちを立て直す。
初めてではないけれど、街歩きは久し振りだ。
知った顔にまた会えるし、もしかしたら、と、カタリナは、その機会に恵まれる幸運に期待する。
もしかしたら、新たな出会いがあるかもしれない、と。
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