ケイマストラ王国王家

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       ―侍従セリスの特別な一日Ⅱ 朝の公務―    ケイマストラ王国現王家の第1王女は、王都フランシアの数ヵ所にある孤児保護施設のひとつ、フランシア・リー訪問を、最初の公務として視察して以来、孤児保護協会に宛てて、毎月の寄付を行っている。 これは、税収含む王家の私財から支出している。 このために、新たに税収を設けたのではなく、もともと、私財には税収が流れており、それらは、王子王女の私費として利用されるためにも割り振られている。 この国の税収のほとんどは、国王に収められている。 一部は、公的機関の運用のために、現場で循環させているが、税を国王の名の(もと)に集め、そこから改めて、官民に与える、という形だ。 王家の私財は、税収によって増やされており、こちらからの支出には、現王家の人物ごとに、公務に対する号俸として支払われる規定の金額もあるのだが、カタリナが寄付に使っているのは、自分に対して、父である国王が認めてくれた号俸ではなく、国王が民から徴収した、王家の利益としての財産だ。 王家の私財は、国民に対して使われる理由を持たない財産とされている。 カタリナは、そこに理由を作って、特定の民に与えたのだ。 これは、王后(おうこう)と王女に対し、現国王から与えられた特権で、その都度、国王の裁可を得なければならないが、いくらかの変更は求められても、基本的に、棄却されることはない。 カタリナが、孤児保護協会の支部長から、毎週の報告を受けるのは、それを元に、経過を国王に報告するためで、これは、彼女が自分に課した務めだ。 母のパルトリエは、信頼する人物に一任しているが、カタリナは、今のところは、自分で確認しようと決めた。 その一環で、いくつかの孤児保護施設に、身分を明かさず訪問することが増え、近隣の、そのほかの場所にも、足を向けるようになった。 それに伴い、別の事柄に対して、寄付を求めることもあったが、当初、父王が認めてくれたのは、この1件だけ。 理由は、安易に金だけを与えることはできない、というもの。 同時にカタリナは、寄付する以外の民への手助けがあることを知った。 それから、カタリナは、ひとつずつ学んで、寄付ではなく、状況の改善案を具申することが多くなった。 それを受けて、父王は、カタリナに、クラール共和国から招いた、王子たちの教育を担当する教授たちから、学ぶようにと命じた。 現在は、学習は一段落して、自主学習ということになっており、今でも、教授たちには、何かあれば相談する。 そのような経緯があるなか、カタリナが、現在も継続して寄付しているのが、最初に関わった孤児保護協会だ。 孤児保護協会を運営しているのは、ケイマストラ王国以前に、この地に()った、亡国の王女を祖先に加えた、ヴァイマルベリス公家を主部とする集団で、会長以下、協会役員に名を連ねた公家の()(じょ)たちが、協議して、運用を主導している。 運用の最高責任者は、フランシア・リーの施設長を兼任する孤児保護施設統轄ユートオ・ロメで、今日、最初に謁見する孤児保護協会王都第1支部長マケス・バチュードは、フランシア・リーの敷地内にある協会本部と、施設運用者たちのつなぎの役目を負っている。 なんだか、いつも汗を拭いている、せかせかした印象の男で、あまり親しみは持てないのだが、悪い印象があるのではなく、忙しいところを邪魔したのだろうか、という気持ちになって、あまり、あれこれとは、言い(にく)いのだ。 それも、カタリナが、実際に施設を見なければと思った原因のひとつでもあるので、個人の行動に影響する事柄は、どこに転がっているのか判らない。 さて、謁見の()だが、王女の場合は、(ふた)()になっていて、人数や、親密の度合いによって、場所を変える。 マケスを迎えるのは、現在では、執務兼用の謁見室で、毎回、長椅子に掛けるようにと言うのだが、なんだかんだ言い訳をして聞き入れない。 今日も、せかせかと歩き、汗を拭き、腰掛けることを固辞して、マケスはカタリナの言葉を待った。 「…どうしても、食費には金額を割いてしまうわね。それが悪いわけではないけれど、例えば、子供たちの服や靴は、もっとしっかりしたものにしてもらいたい。成長すると言っても、あのように痩せていて、本当に成長できるのか、不安しかないわ」 マケスは、いつ、ご覧にと、言いたいのを、毎回ぐっと我慢する様子だ。 セリスは、彼には言ってもいいんじゃないかと、思い始めていた。 「は、しかし、親のいる子も、毎日の食事が充分とは申せません。見た目で、施設に行かせた方が我が子のため、などと思わせたのでは、孤児が増えるばかりです」 王都内に孤児が多いのは、物の、特に、食べ物の値段が、個々の賃金に対して高いからだ。 王都は、貴族が多く、彼らに対する物の値段となっており、壁の外に家を持てるならば、その(ほう)が楽なのだ。 けれど、大人たちは、これまでの仕事を捨てて、居場所を変えることができない。 壁の外にだって、あるのは、管理された畑で、労働に見合わぬ安値で捨てるように売るよりも、高く買ってもらいたいのだから、壁の中に運ぶ。 目の前に食べ物があったって、盗みでもしなければ食べられはしない。 頼る者があれば、ほかの町や村に移れるけれど。 そこでやっていける自信がない。 そして、新たな生活に飛び込むために、頼りにできる財もない。 ならば子を()すべきではないのだろうに。 先の見通しが甘い夫妻。 そもそも結果など考えずに情動に身を任せる男女。 不当に扱われた果てに身動きの取れなくなった女。 そこを捨て場と切り捨てる大人。 だからと、扱いに困った小さな者を、大人の好きにしていいわけがない。 そうと断じても、セリスには、どうすればいいのかなど、判らないし、本当には、その暗闇を理解しない自分に、何を口にすることができるだろうか。 王城で働く者たちは、3食を王城の指定の食堂で食べられるし、持ち運びしやすい主食のフアッカを、こっそりと持ち帰る程度で咎められはしない。 セリスのように、住み込みで働く者ならば、多くの生活に使う備品や消耗品を、給与とは別に支給されるので、酒を過剰に求め、遊興に(ほう)けなければ、出費など微々たるものだ。 貴族の館に住み込む者たちも、待遇に差はあれ、最低限の衣食住は得られる。 武官、文官、専門職官吏は、生活に厳しいところはあるが、少しずつなら金を貯めていける。 問題は、商会や商店に雇われている者、商売がうまくいかない商人、工房を持つ職人の(もと)で働く見習いなどだ。 それでも、働ける間は、まだいい。 少なくても、収入はあるのだから、住まいだけ、つてを頼り、厚意に(たの)んで得られれば、切り詰めて、自分だけのことなら、生きていけないこともない。 そんな中、王都の(かげ)に迷い込むのは。 様々な理由で、親を失った、言葉も満足でない者たち。 ある者は、王都の外から背中を押され。 ある者は、娼館の裏から出され。 ある者は、屋敷から追い出され。 ある者は、突然に守り手を失い。 ある者は、逃げ出し。 そして。 ある者は、そこで生まれ。 王都には、空き地というものが少なく、建物が密集し、代わりのように空き家や空き部屋が点在する。 そこが、まともな住居を失った人々の逃げ場。 孤児の集まる場所。 「結局は、そこよね。お父さまにできないことを、私にだって見当が付かない。何かが足りない。まずは知識が。でも、これ以上、何を知ればいいのかしら?」 そこでカタリナは、思い出した。 朝食の時間だとか、ほかのことを考えながら聞き流していたけれど、確か、これから、クラール共和国の歴史学者が訪れるのだ。 「うーん。ん?ちょっと待って。今更だけど、歴史学者が何しに来たの」 急な問いに戸惑いながらも、セリスは覚えていたことを口に出す。 「はい。我が国の歴史資料を閲覧したいということで、もし叶うならば、王城書庫などへの立ち入りについて、陛下へのお()()しを望んでいるとのことです。一介の学者にできることは限られますが、その知識に価値を見てくださるならば、話をさせていただきたいとのことです」 「知識。歴史か…。それはどこの…、まあ、いいわ。マケス」 「は」 「先のことを考えずには、動けない。これまでは、目の前にあることばかりを見ていたけれど、それだけではいけないと判ったわ。施設の運用と、協会の運営の仕組みを順序立てて説明して。協会の()(よう)に文句を付けようというのではないけど、支援の仕方は、考えさせてもらう。一時的な寄付の取り止めも視野に入れる。今日は…そうね。13時過ぎに本部に出向きますから、そこで説明してちょうだい」 「なんと!」 驚きの声を発して、マケスが()()る。 公家の中でも、特に力を持つヴァイマルベリス公家に喧嘩でも売る気かと、(おのの)く。 ケイマストラ王国のケイマス王家が排した亡国の血を汲む家なのだ。 互いに慎重に接していることは、貴族でないマケスにも感じ取れる。 そもそも、寄付だけならよいが、口出しされたくない存在が上位者だ。 ただでさえ、マケスが定例報告することを、快く思っていない者がいる…いや、実を言えば、多いのに…。 「あなたたちが現状に甘んじていることに、私は不満を感じている。今はそのことを伝えたいと思います。何らかの対策を模索していると言うのであれば、その提示を求めます。以上よ」 「はっ!はっ、かしこまりました!」 叫んで、返された資料を胸に抱き、マケスは、明らかに駆けて部屋を渡り、礼を示して扉から出ていった。 「セリス、行き先を変更。王女として外出します。シリルとハシアには、外出は、また今度と、伝えておいて」 「は。ですが、状況をお伝えするのであれば、お2人にも、学びの機会ではあります」 強硬に反論された時の逃げ道はないかと、話の流れを向けてみたところ、カタリナは、考えて、頷いた。 「そうね。黙って聞いていられるのなら、同行してもよいと伝えて。次は、サブリね」 「はい」 「では、こちらに」 「承知しました」 ()り取りのあと、セリスは、控えていた伝達の官吏に、シリルとハシアの侍従に向けた声の伝達を預けて、届けさせた。 声を封じたのは、小さな力量の彩石(さいしゃく)を寄せ集めて、セリス自身の風の異能で術を固めた仕掛けだ。 彩石と言うのは、この大陸の人すべてが、それぞれの分量で個々に持つ、土、風、水、火の力、異能と呼ばれる力の行使を、助ける石で、3種類ある。 このうち、今、セリスが使ったのはサイセキで、これは、力そのものを持っている。 ほかは、ひとつがサイジャクで、異能を減少させ、もうひとつがサイゴクで、異能を増大させる。 セリスの風の異能は、大きくないけれど、工夫して、長い伝達の声も、途切れることなく届けることができる。 この仕掛けを施した、片手でも包み込める小箱を、自力で相手に届けることもできるが、2人に宛てて飛ばさなければならないので、用心のため、風の力を充分に持つ伝達の役目の者に届けさせたのだ。 セリスは、3種の異能を持つが、土が強めではあるものの、風はそれより小さく、火は、もっとずっと小さい。 何かひとつ、飛び抜けて、他に示せる強みがあればよかったのだがと、思ってしまう。 誰でも思うことだろうから、取り立てて口にはしないけれど。 足りない。 地位も、異能も、財力も。 何か。 もっと何か、自分に得られるものが、無いだろうか。 ただ1人の人に手を伸ばすための、何かが。
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