47人が本棚に入れています
本棚に追加
1.
「ねぇ、覚えてる――?」
白い部屋の中、白いベッドに白いシーツ、服まで白いパジャマの私は、いかにも病院って感じの丸椅子に腰かけている男性に問いかけた。
「何を?」
少しかすれた声の返事。
へぇ~、この人、こんな声なんだ。
なんてこの状況には不似合いなことを思いつつ、
「私達って、結婚するはずだったらしいよ?」
まるで明日は晴れるらしいよ? みたいなイントネーションで、かなりヘビーな言葉を吐いた。
「……そうだね」
返ってきた彼の返答も至って普通。
驚かないんだ……。
そりゃそうか、知らなかったのは私だけか。
「ふ~ん。あなたはちゃんと覚えてるのね」
「あぁ……」
「でも、私は知らないわ」
「そうみたいだね」
「悪いけど、本当に覚えてないの」
「別に悪くないよ」
少し笑っているようにも見え、
「――ごめん、嘘ついた」
「ん?」
「覚えてないから、本当は悪いとも思ってない」
「君は正直者だね」
「だって、なんか取り繕ってるみたいで気持ち悪い」
「ふふふ、そうだね」
「なんで笑うの? 私、あなたに対してひどいことを言ってるのに」
「別にひどいなんて思ってないよ」
「……変な人」
「よく言われたよ」
「誰に?」
「もちろん、君に」
「覚えてない」
「だろうね」
「あなたの名前は?」
「……」さすがに黙り込んでしまった。
申し訳なく思い「ごめんなさい、名前を知らないから……、あなたの事をなんて呼べばいいかわからなくて……」
「そうか……」
「教えてもらえる?」
「もちろん。僕の名前は誠だよ。誠実の誠と書いて、まこと」
「……そうなんだ。いい名前ね。私好きだわ」
「ありがとう。君はいつもそう返事を返してくれるんだよ」
「どういう意味?」
「僕が君に名前を教えてあげるのは、今回が初めてじゃないってことさ」
「そうなんだ……」
「さぁ、少し眠った方がいいよ」
彼はそう言って私の布団を掛けなおしてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!