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第1001飛行女子戦隊
地上は、じっとりとした大気に満たされている。台湾の花蓮は、太平洋沿岸の暖流と季節風のおかげで冬も暖かい。内地の年明けとは全く違う、湿度が高いのに、薄ら寒い秋のような年明けだった。この島は靄と霧に覆われ、蒸すような草木の濃い臭いがいつも漂っている。それは決して不愉快ではなかった。
平坂碧(ひらさかみどり)は、古びたドアをノックした。返事が無い。まだ眠りこけているのだろう。再びノックを繰り返す。
「どうぞ」
芳しく、厭わしい奇妙な匂いのする香で焚き染められた空気が、碧の鼻腔をくすぐる。腐敗した果実のような甘ったるい香。締め切った部屋は、濃い茶色に沈んでいた。
「お目覚めですか?」
「今、起きたところ」
「御気分は?」
「最悪ね」
夜見紫苑(よみしおん)は、頭を振った。透明感のある白い肌に、烏の濡れ羽色をした乱れた黒髪がかかる。日本人形的な整った顔立ちを崩してコブラのように口を開け、大きく欠伸をした。百年の恋も醒めるなんとやらだ、と碧は思う。とても飛行女子第1001戦隊の実質上の指揮をとる副戦隊長兼第1中隊長には見えない。一糸も纏わぬ姿で大股で歩き、ビロードのカーテンを開けた。だらしなさより、豪放さを現していて、いっそ清々しく感じる。紫苑のそういう部分は嫌いではない。
光が満ちた。
悪趣味なほど贅沢な作りの部屋が現れる。細かい金の装飾が施される朱塗りの柱、青い壁、黒壇の家具、絹の白い天蓋で覆われた寝台。棚には骨董商が見たら涎を垂らしそうな年代ものの陶磁器が並び、床には虎皮の敷物が敷かれていた。無造作におかれている香炉。
本来ならば美術品として扱うべきものなのだろうが、紫苑はあっさり使ってしまっていた。
らしいと言えばらしいというべきだろう。だいたい、この屋敷にふさわしい者は、戦隊長を除けば紫苑くらいしかいない。
大日本帝国政戦略空軍飛行女子第1001戦隊は、何代も続いた商人の屋敷を買い上げて兵舎にしており、紫苑は当然のように主人の寝室を使っていた。
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