第1001飛行女子戦隊

2/6
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
 ラジオを捻るパチン、という音。 「越南(ベトナム)帝国で跳梁する自由主義匪賊を、米国及び傀儡濠政権が後援しているのは明らかな事実であります。サイゴン市を拠点とする匪賊は米製の兵器で武装し、驚くべきことに空軍、傭兵航空団まで擁しているのであります。そう、あの忌まわしい米国フライングタイガースであります。さらにラオスとカンボジアにまで匪賊の勢力は浸透しております。これを放置すれば東南アジアは将棋倒しのように、放埓な自由主義へと呑み込まれ、再び金満米資本家の支配する暗黒の植民地となるでしょう。米国は、亜細亜を虎視眈々と狙っているのであります。全国民は個人主義的な考えを廃し、大東亜の平和のために戦っている日本の将兵、亜細亜の将兵、危機にさらされる越南帝国のため、一億火の玉にならねばならんのであります。暴米傭懲! 対米百年戦争を恐れるな!」 「DNHK(大日本放送協会)は、相変わらずつまらないわね」    紫苑は欠伸まじりで言った。チャンネルをかえる。    綺麗な日本語が流れ出す。 「こちらVOA。日本の皆様にお送りする、ボイス・オブ・アメリカ、アメリカの声です。今日も日本の皆様にとって、とても不幸なお知らせをしなければなりません。昨日の戦闘では、勇敢なる越南解放軍の攻撃により、越南帝国軍部隊、日本の将校が率いる第108大隊が壊滅しました。また、防空部隊により、日本の攻撃機六機、爆撃機三機が撃墜されました」 「ちぇ、これ私たちのことじゃない」  VOA……アメリカの宣伝放送を聞くことは禁止されていたが、誰も守らない。ラジオの内容は、この戦争自体が何ら目新しいものではないことを示している。米式装備の蒋介石軍と大日本帝国軍が激突した大陸戦争。互いに義勇軍を名乗り、フィリピンやインドネシアで衝突した南洋事変。 越南事変は三度目のアンコールに過ぎない。 「戦死者の皆さんの御冥福をお祈りするとともに、その御家族の方々に対して衷心よりお悔やみを申しあげます。日本国民のみなさん、越南派遣軍将兵のみなさん、はたして越南帝国は守る価値のある国なのでしょうか? 腐敗が蔓延している国のために、日本やアジアの若者たちを失う必要があるのでしょうか? 官僚や財閥、軍人たちの野心のために、有為な命を散らす必要があるのでしょうか? あなたたちが戦っているのは、何のためでしょう? 越南の人々の目的は、はっきりしています。自由と独立のために戦っているのです。彼らは匪賊などではなく、あなた方の御先祖がそうであったような普通の農民なのです。あなた方が匪賊の首魁と呼んでいるホー・チ・ミン氏も素朴な農村の長老です。自由と独立、平和以外は何一つ望んでいません。穏やかな暮らしを願っている同じアジアの人々を殺戮するのが、正しいことでしょうか」 「他はともかく我が隊にはお悔やみを申し上げる御家族がほとんどいないんだけどね。音楽番組は、やってないのかしら」 紫苑が肩をすくめた。 「世界各国も憂慮しています。英国、仏蘭西、中華民国、印度など、皆さんの同盟国でも、毎日、デモが絶えません。また、御国の帝大をはじめとする将来を嘱望された学生たちからも、反戦の声があがっています。目的の無い戦いは正義とは言えるでしょうか。今からでも遅くはありません。無益な戦争は早く止めるよう、日本の皆さんにお願いします」  宣伝戦では毎度のことながら、分が悪い。アメリカは宣伝が上手い。最近はドイツよりも上手いのではないかと思わせる。国策なのだが、国策と思わせない。進歩すべき人類の理想、アメリカは約束された勝利、契約された楽園、歴史が味方しているかのような語り方で自らを語る。自らの正義を饒舌に語る。ある意味自己陶酔的ですらある。しかし、それが日本の支配に喘いでいる地域では大いに喝采される。どうせ宣伝だろう、と思いつつも引き込まれる。日本にそんなものはない。紫苑は、おもむろにラジオを消した。  寝台には双子の少女が子猫のように丸まって寝ている。  紫苑の愛人だった。綺麗な褐色の肌をしている。身元確かな基地の民間人だし、何の問題もない。はじめて見たときは、碧もさすがに驚いたが、今は紫苑のせいで慣れていた。意外にも現地の女の子を愛でる者は多かった。女同士の関係は公にできるようなことではないが、男を引っ張り込んで妊娠されるよりましとも言えた。 「起きなさいよ、あなたたち。怒られるわ」  ぐっすり眠り込んでいたはずの少女二人は飛び起きた。碧を見つめてびっくりしている。すぐに、そそくさと着替え出す。 「お食事になさいますか」 「風呂」  紫苑が呟く。 「あなたたちも、いらっしゃい」  早速、紫苑に歯磨きと洗面具を持ってくる。 「あなたも風呂くらいは付き合いなさいよ」 「はい」  碧も頷いた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!