第1001飛行女子戦隊

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 異様に長い渡り廊下を歩く。双子は後ろからついてくる。 「昨日は酷い目にあったわ」  欠伸混じりの声で呟く紫苑。 「随分、消耗しましたからね」    3機も撃墜されたのだから大損害だった。3機といえば、1個小隊であり、無視できる数字ではない。飛行女子第1001戦隊は、最初から2個中隊18機という変則的な編成だった。本来ならば1個戦隊は一個小隊3機×3=一個中隊9機、1個中隊×3=1個戦隊27機からなるはずだった。もともと独立飛行中隊扱いで、イロモノ扱いされている飛行女子戦隊の定数は常に充足しない。ちなみに大隊は存在しない。  もとはと言えば、碧や紫苑たちの所属する政戦略空軍飛行女子戦隊も、日本空軍が大幅に拡大してしまったゆえに作られた補助部隊だった。女子部隊は1940年代後半の初期は事務や管制官などだったが、南洋事変を境に空中勤務者も採用されるようになった。主に後方における機体の空輸が主任務だったが、地域紛争が拡大するにつれ輸送機や回転翼機を操縦して戦場に赴くようになる。  アメリカのコクランとラブの伝説的な女傑が主導したWASP……WOMEN.AIRFORCE.SERVICE.PILOTS同様に急成長し、爆撃機や偵察機を装備した飛行戦隊まで現れた。戦闘機は難色を示されたが、曲芸飛行機部隊は現在創設中だった。 「あの火の玉にはうんざりよ。妨害電波と電波欺瞞紙以外に手は無いのかしら」 「敵の夜戦は腕がいまいちだから、地対空誘導弾の方が脅威でしょうね」 損害は、いずれも敵戦闘機ではなく、地対空誘導弾、対空ミサイルだった。損害が多いものの、作戦は全般的に上手くいっているらしいと聞いている。特に今年の二月から、南部への戦政略爆撃が認められるようになってからは、明らかに効果があがっているという。碧たちも去年から爆撃に参加している。地上では、日本軍30万を中心に総兵力100万を呼号するアジアの各国軍がかき集められ、本腰を入れて匪賊討伐が開始されていた。だが、勝っているとは言われているものの、正直、どこまでうまくいっているか怪しいもので、内地では非難轟々だという噂も耳にしていた。 「なんとか誘導弾封じの魔除けを考えないとね」 「はい」  甲高い金属音の咆吼が響く。試運転の音だった。数キロ先の飛行場に翼ある巨龍が整然と並んでいた。飛行女子第1001戦隊が装備している黒龍が、四発のエンジンを次々と動かしている。  政戦略空軍では中島25式政戦略爆撃機、海軍では中島G14N2陸上攻撃機という名称がついているが、正式な名称は黒龍だった。アメリカはベアトリスという名をつけている。  黒龍は、海軍が長距離哨戒機兼対艦攻撃任務の陸攻として中島に発注した。川西の蓬莱はジェット化されたものの、いささか旧式化していたし、主力のジェット爆撃機金剛は航続距離に不足があり、全ての条件を満たした崑崙は、まだ開発中だったため、つなぎが必要だった空軍も便乗した。中島は全社をあげて開発に取り組んだ。  エンジンは、ドイツユモ022ターボプロップを国産化したハ220を2基連結したハ1200が搭載された。ターボプロップとは、簡単に言うとジェットエンジンでプロペラを回す方式で、空気を掻いて推進力を得るプロペラ機だった。  同じプロペラ機でも、ピストンエンジン=レシプロ機関を搭載した古色蒼然としたレシプロ機とは全く異なる。音速に近づくとプロペラの効率が落ち、ターボジェットに比べて低速だが、その大推力により長大な航続距離を実現していた。 最大速度はマッハ0.8で音速を出せない黒龍だが、機動や急旋回、急降下などで増速し、操縦士が気付かないうちに部分的に音速を超えている可能性もあるため、音速時に効果を発揮するドイツから学んだ後退翼を採用した。 ドイツの技術を全面的に取り入れて設計した黒龍は、今までの日本機とは思えない頑丈な構造の機体となった。十年前ならば、間違いなく世界一の爆撃機だった。二代目黒龍は、海軍の要求を完全に満たした。空軍では航続距離は申し分無いが、速度が犠牲になったため戦政略爆撃機としては、大絶賛とはいかなかった。事実、ほぼ完全に航空優勢を掌握している越南の空だから悠々と爆撃を行えるようなもので、アメリカ本土を攻撃するにしても敵の頭上までは到達できず、大型の核弾頭付き対地誘導弾での攻撃となる。 湿度の高い風に乗って機械油の臭いが、ここまで漂う。 「前から思っているんだけど、こんなドブ色に塗りたくるなんて台無しじゃない?」 機体下面を黒、上面を暗緑と土色で迷彩された黒龍は妙な迫力があったが、確かに美しいとは言えない。ちなみに碧たちの熱帯仕様の制服も濃緑一色の味気ないものだった。 「ジェラルミン地の方がよいのですか? 最近は核攻撃任務も金剛に取って代わられつつあるらしいですが」 「そうよ。銀の方が絶対に綺麗」  政戦略空軍の本来の任務は核兵器の投射だった。勝利に終わった二次大戦後、大日本帝国もついに空軍創設に踏み切った。次の戦争は間違いなく空軍主体の核兵器の投げ合いになるため、最初は蒋介石に勝利した大陸戦争の立役者であると自負する陸軍の思惑通り、陸軍航空隊がまるごと独立空軍となる予定だった。防空、戦略爆撃もすれば、地上軍へ直接協力支援もする総花的な空軍が志向された。  海軍は強硬に反対した。言わずもがな、海軍にとっては陸軍が二つできるようなもので、立場が著しく不利になる。海軍には空軍独立論者も多かったが、大半は艦隊こそ国防の要と信じていたし、陸軍の航空兵力が洋上で活動できるとは思っていなかった。お決まりの暗闘の結果、政戦略空軍と名づけられた空軍に認められた領分は核攻撃を含む戦政略爆撃および防空のみとなった。保有するのは、超重爆、遠距離爆撃機あらため、戦政略爆撃機と高高度偵察機、防空用の邀撃戦闘機及び爆撃機護衛の遠距離戦闘機のみに限定された。人員は陸海軍から半分ずつ出された。  陸軍航空隊は今まで通り直協を担うことになり、海軍航空隊も空母に乗せる艦戦や艦攻は無論、艦船を叩く手段である陸攻と基地防空のための局戦さえ手放さなかった。そのうち、陸軍はドイツからの援助で核兵器を積んだ弾道弾を装備、海軍も新型の核搭載大型艦上爆撃機を配備しはじめ、戦政略原子力潜水艦にも手を出し始めて、政戦略空軍=核戦力という独自性は段々と薄れてしまい、爆撃と邀撃を主任務にした空軍という位置付けとなった。 「いっそ、越南を核攻撃しちゃえばいい」 「それは駄目です」  話ながら歩いているとやっと浴場の入り口が見えてくる。日本風の暖簾がかかっているのが妙だった。
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