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「先日、吼ノ国との境近くの村々から依頼を受けて、悪党退治をしてきました。カンドル隊がよろず承り業を始めて5、6年の間は、そんな依頼ばかりでしたがね。久々でした」
「──国境近くに。そうですか……」
タカイヌは文字を追っていた目をちらっとライカに移すと、再び文書の方に戻った。
「この城を去ってからも、兄上とカンドル隊の皆さんがこの国を守ってくれていることにはとても感謝しています。村々の状況はどうでしたか?」
「食糧は略奪され、住む家は焼かれる。男は殺され、女は凌辱され、子どもと共に他国へ売り飛ばされる──。いつもと同じです」
タカイヌは表情を変えなかったが、紙を持つ手に力が入ったのをライカは見逃さなかった。
「王様が王座に就かれてからこの10年、善き王として実に尽力されているようですね。臣下をよく統率し、民の評判も良い。ですが善き王なのは、都周辺の一部の者たちにとってなのかもしれませんね」
「……言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃってください。遠まわしな表現は、兄上、好まないでしょう?」
タカイヌは微笑んで言った。ライカはひとつ息をつくと、ためらうことなく口を開いた。
「王様は都から離れた辺境の地をお見捨てになっていますね。これまで受けてきた悪党退治の依頼元は、都から遠く離れた場所がほとんどでした。つまり、国が対処してくれないからカンドル隊に依頼が持ち込まれるわけですね。……まあ、重要ではない辺境の地のいざこざなど、王様の耳には入ってこないように仕向けられているのかもしれませんが」
「はは……耳が痛い限りです」
タカイヌは苦笑いすると、持っていた文書を机の上に置き、ライカの方に向き直った。タカイヌは真面目な顔をすると、穏やかな雰囲気が一変して、精悍な顔立ちが際立つ。
「ですが、兄上の言うことは本当です。確かに、臣下からは辺境の地の話題などほとんど報告に上がってきません。だから、僕は国のことを隅々まで知ろうと努力しています。僕なりの情報網を駆使してね」
「──『鼠』ですか」
「そうです。兄上も兄上なりの情報網を持っているようですね」
タカイヌが意味ありげに笑うのを見て、ライカは眉を少しだけ動かした。
(この男……俺と養生所とのことも調べているわけか)
まだ若く、穏やかな優男に見えるが、やはり一国の王。油断ならない相手だ。
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