ふしだら、よこしま

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ふしだら、よこしま

 身代わりでもいいんだ。いや、それはあっちゃあならない。これ以上お前と一緒にいたら、俺の(よこしま)な願いは黒い煙を吐いて焦げ臭くなるばかりだ。 「親方ぁ、資材片付けちゃっていいすかぁ」  サブが調子良く現場を回していく。それを見ながら、俺は一足先に身仕舞いをして、冷たい缶コーヒーをぐいと飲み干した。  もうあいつと組んで何年経つだろう。家族を実家に置いて、俺達は日本全国の建設現場を組み立てて来た。親方とサブ、こいつらに任せれば仕事が早い。そう言われるようになって個人的に依頼が来ることも多くなった。  親方とサブちゃんに頼むと仕事が早いんだわ、そう施工主から手を合わせられれば無下に断ることもできない。サブには嫁と子供がいるが、無理を承知で俺に付いて来てもらっている。 「サブ、本当に無理そうなら断ったっていいんだぜ? 俺一人で何とかなるし他の仲間に声掛けたっていいんだし」 「何言ってんすか親方、先方は親方とオレをご指名なんだ。オレは親方以外とは組みませんよ。それともなんすか、親方はオレ以外と仕事したいんすか」  サブの返事に、胸の奥にある種火がチリチリと小さく燻る。そんな訳あるか、俺だってお前以外とはやりたくねえさ。  サブよ、お前は俺がどんな人間だか分かって言ってんのか。分からねえよなあ。お前は俺の事を親父代わりだと思っている。そうやって俺達は今まで生きてきたんだもんな。  仕事帰り、いつものように銭湯へ立ち寄った。短期契約のボロアパートにあるちょろちょろしか湯の出ねえシャワーなんかより、広い湯槽にざぶんと浸かるに限る。サブも「ですよねー」と笑ってタオルを首にひょいと引っ掛けた。  番台で金を払い、木札錠のロッカーに着ているものを無造作に放り込む。ちらりと隣を見遣れば、サブの身体からは布切れが一枚一枚剥がされ、日に焼けた肌、引き締まった筋肉が視界に入った。  気にするなと思えば思うほど、俺の中に熱が籠っていく。  済まない、サブ。俺を慕ってくれるお前にこんな邪な思いを抱えた薄汚ねえ人間だ。しかもお前には遠くに残してきた嫁子供がいるってのによ。 「親方、どうしたんすか? 先入っちゃいますよ?」  前を隠しもせずにサブが無邪気な笑顔で聞いてくる。やめてくれ、俺はお前に立ててもらえるような親方じゃない。俺は親代わりに育ててきたお前の裸を見て勃起するような、最低な男なんだ。 「あ、ああ。さすがに今日は疲れたな、早く入ろうぜ」  いつもの口調を気取ってはみたが、まずっちゃいないだろうか。  身体を洗い終え、二人同時に熱めの風呂に浸かる。 「く、くううっ、あぢ、あぢっ」 身体を強張らせながら熱さに身体を馴染ませようとするサブが可愛い。そろそろとゆっくり首まで浸かったサブは、 「やっぱ親方と一緒に風呂入るの楽しいっす」 あぢぢ……えへへと俺の方を見て照れ笑いをした。  この野郎、どこまで俺を乱す気だ。 「……はぁ。そうだ親方。ちょっとプラベ聞きたいんすけどいいすか」 「なんだサブ」 「親方って結婚したことないんすか」  ドキッとした。  お前に惚れたと意識してからこのかた、女を抱こうという気はとっくのとうに失せている。一向に話のひとつも持ち上がらない俺に、実家で一人暮らしをしている年老いた親父も、もうとっくに諦めたようだ。  俺はもうお前のことしか考えられない。お前が所帯持ちだろうがノンケだろうが、俺にはお前しかいねえんだよ……なんて言える筈も無く。 「なんかな、そんな暇無くてな」 「え、じゃあ、アッチとかどうしてるんすか?……そのう、夜の方」 「アッチ」 「やっぱ風俗とかっすか」  俺はお前が汗を流して資材担いでる姿を想像しながら一人で抜いてんだよ、ああそうだ。俺はお前をいつもそんな目で見ているんだ。 「そういうのも金掛かるしなぁ」 「そっすかぁ……辛くないっすか? オレ親方とならどこでも行けるんすけど、それだけがちょっと悩みで」  持ってるビデオも見飽きちゃって、ハハハ。  俺じゃダメか。俺が身代わりになるんじゃダメか。お前がうんと言ってくれたら、俺はどんなにか幸せだってのに。  ぶち撒けてしまいたい台詞をぐっと呑み込み、俺は熱い湯に頭から浸かった。
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