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「ねぇ、覚えてる?」
新美博士は嬉々として僕の前に写真を並べる。冷静を装っているが、期待感が隠せていない。何度も瞬きするので瞳は潤い、キラキラしている。抑えきれないワクワク感。
こんな状態をいつか漫画で読んだ。人間にはシッポがないのに、キャラクターが期待する様を犬耳とシッポを描き、ハアハアと擬音をつけることで表現するのだ。
「あーサンゴくん!ちゃんと見てよ!私じゃなくてこの写真だよぉ」
言われてようやく等間隔に並べられたテーブル上の写真を見る。5枚ある。どの写真にも新美博士と僕が映っている。
そばかすが散る顔の上に眼鏡をかけて、どこに行くにも白衣の博士と、やたら美形の青年……僕だ。
桜を儚げな目線で見上げて佇む僕と、カメラに寄りすぎてフレームアウトしている博士、の右手。ブレているけど僕の目は画像補正した上で指紋が彼女と一致すると告げている。
夏。線香花火に照らされて微笑みを浮かべる僕。殺人でも企んでいるかのような妖しげな表情。実際はこの時無駄に線香花火の温度を測定していた。奥で博士がネズミ花火から逃げている。やっぱりブレている。
秋の紅葉に包まれて歩く僕。肩に落ちてきた紅葉の葉をつまんでいるところを激写された。憂いをおびた表情だが視線は横で転んでいる最中の博士を見ている。
冬のコタツで寝る僕。畳に上半身を投げ出してスリープ状態に入っていた。黒髪が畳に広がっている。博士は隣に座り5個目のみかんを食べているところ。この後は確か下半身が温められすぎて歩行機能に影響が出て脚が直るまで車椅子に座らされていた。
最後は僕が生まれた時の写真。紛れもなく大事な瞬間のはずなのに、この写真だけは記録媒体に覚えがなかった。真っ直ぐ立つ僕の横で満面の笑みを浮かべてピースサインする博士。
僕は178cm、博士は154.3cm。両者の全身をフレームに入れるために、助手は今いる実験室の端のギリギリまで下がったらしいと推測される。
博士を見る。覚えていないと言ったら、怒るだろうか。僕の開発にはそれなりの年月がかかっている。記憶していないと言ったらガッカリするんじゃないだろうか。
「これ、確か助手が撮影したんですよね?」
「うん、それはたまたま来ていた別な研究者に撮ってもらった写真だな」
「……すみません間違えました」
僕は下を向く。博士との時間はどれも大切なのに。
「いいんだ、覚えてないなら覚えていないで正直に言いたまえ」
「すみません、この写真だけ、覚えがありません」
よりにもよって僕が生まれた大事な瞬間なのに。僕はできるだけ申し訳なさそうな表情を作ったつもりだ。
「他の写真は?覚えてるの?」
博士は無駄な質問はしない。これは確認だ。自分の実験結果が正しかったかどうかの。
「4枚は、覚えがあります。全部ここ1年以内に撮ったもので、こちらから4月3日、8月10日、11月25日、1月6日。……撮影した時間も必要ですか?」
「いや、もういい、十分だ」
博士は写真を回収すると足早に実験室から研究室へと歩いていき、扉を閉めた。僕はため息をつく。他のことなら思い出せるのに。最先端のアンドロイドの僕は、なんでもできるはずだ。僕は脳内で過去の画像を検索し始めた。
「やった!やったよぉお!これで『2年以上前のことは覚えていないのに相手の表情からなんとか取り繕うとする人間らしいアンドロイドの機能』、正常に作動確認だよー!」
新見博士はぴょんぴょん飛び跳ねる。茶髪ポニーテールが左右に揺れる。はしゃぎっぷりは遠足前の小学生に勝るとも劣らないが19歳である。
「やりましたね博士。これでオーダー客が『昔のことを覚えている覚えていないで私がむくれて彼が慰めてくれるイベント』も実現可能です」
雪宮助手が無表情で拍手する。ショートボブの黒髪長身美人だが白衣の下は黒ずくめの服を着て目が死んでいる。喜んでいるのだ。これが彼女の常だった。2人はアンドロイド開発会社の他部署から「太陽の新美と月の雪宮」なんてあだ名をつけられていた。
「しかし改めてあそこまで美形にしなくてもいいんじゃないかなーまつ毛なんてバッシバシだよバッシバシ!切れ長の目にサラサラの髪で少女マンガに出てきそうじゃないか!ぼうっとしてる写真でも無駄に絵になってはしゃいでる私が馬鹿みたいだーなんとかならないのアレ」
「そこは譲れません。見た目の美しさはそのまま商品価値になります。決して私が日々のストレス解消のために目の保養と称してやたらめったら美形にしたわけではありません」
雪宮助手はさらに「博士は馬鹿ではありません。馬鹿みたいにはしゃいでいらっしゃっただけです」と付け加える。
「馬鹿してないそれー」
「さて休憩にしましょうか」
助手はさりげなく話をそらす。
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