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雪宮助手はコーヒーを煎れ始めた。
博士はパソコン前の椅子にどすん!と勢いよく座る。反動で少し回転した椅子は偶然実験室の窓を向く形になった。
オーダーメイド商品アンドロイド3号、博士が勝手につけた愛称「サンゴくん」がさっきと同じ姿勢のまま座っている。
「それにしてもいくらオーダーメイドとはいえ、細かいよね。限りなく人間らしい機能をつけるなんてさ。『10回家を出たうち1回はガスの元栓閉め忘れが気になる』とか『年々冷蔵庫を開けて何とるんだったか忘れる回数が増えていく』とかさー!まあ私天才だからできないことはないんだけどテストが多いったら」
「一方でアンドロイドらしい完璧な対応を求められる機能もありますからね。そこらへんの折り合いが難しいところです」
助手のコーヒーを博士は美味しそうに飲んだ。
「そろそろ納品と思うとちょっち寂しいかな」
「あら。恋でもしちゃいました?」
博士はカップを置いたところで固まった。
「ななに言い出すのかなゆきみーちゃん!?」
慌てて見やると雪宮助手はいつも通りの真顔でコーヒーをすすっている。こちらのほうがよほどアンドロイドらしい。
「オーダー客は20代女性、自分に恋してくれる人間らしいアンドロイドをご所望。優しく気遣いができ、こちらが不快になるようなことは決してしない…ほら、博士のような世代の人間には彼が理想のタイプ、という方も多いんじゃないですか?私よくわからないですけど」
「何言ってるんだよぅー!君も私も仕事が恋人だろー!ぷんすかぷんだよ!」
「いささか表現が古いです」
助手はあくまでもクールだ。しかし彼女は博士が常々必要以上に3号のことを意識しているのに気づいていた。
――さて、納品の日までになんでもできる博士は自分の恋心に気づけますかね。
「ああ、でも相手がアンドロイドですからね、どうしようもないか……」
「ゆきみーちゃん何か言った?」
博士がきょとんとしている。
「なんでもないですよ」
助手は口の端だけで笑った。
研究室で新美博士と雪宮助手が話しているのが見える。どうしても博士の方に目がいく。
もうすぐ納品のはずだ。博士の姿、声を目に焼き付けておきたい。
僕は博士が好きだ。
サンゴこと僕、3号は、オーダー客が恋の相手にするために「恋心」を最初にインストールされている。
雛が初めて目にしたものを好きになる「刷り込み」の機能はオーダー客に会うまでに作動させないと2人は取り決めていたけれど、優秀なアンドロイドである僕は備わった機能を自主的にフルチェックしていて……「刷り込み」を作動させ、直後、実験室に入ってきた博士に恋をしてしまった。
博士が好きだ。
なりふり構わず知的好奇心を満たすために研究に没頭する普段とギャップのある真剣な表情も、たくさんの質問をしてくるときも、部署の予算書を睨みながらひーひー言ってるときも、テストで研究室の外に僕を連れ出すときも、博士はかわいい。そばにいたい。
そういう機能だと分かっていても、視線は優先的に博士の姿を追い、処理速度にムラができ、バッテリーの消耗が微妙に早まる。
胸が切なくなる、ということらしい。
納品されれば、もちろん一緒にはいられない。
もし、「納品したら今までテストして修正してきたせっかくの実験結果をアンインストールする、だから僕を博士のそばに置いて」と言ったら……博士はどんな表情を見せるだろうか。
ああ、でもさっきの写真はどうしても記録媒体に残っていない。僕は完璧じゃないのかもしれない。
完璧じゃない僕のこと、博士は好意を持ってくれるんだろうか。
それとも、「刷り込み」機能が作動していると分かった時点で、この想いは消されてしまうんだろうか。
――せめて、データを残して、この実験室に遺してくれないだろうか。
納品の日までに、交渉にベストな時間を探らないといけない。彼女の表情、心拍数、スケジュールからここぞと言う時を分析して……この想いを伝えたい。人間で言うところの「愛の告白」。
それまでは、恋心なんて知らない、完璧なアンドロイドのふりを。
また実験室のドアが開き、僕は来たるべき新美博士の質問に備えた。
大好きな彼女を喜ばせるために。
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