良き夫を目指して!全力ウィークエンド

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良き夫を目指して!全力ウィークエンド

 お前の人生で俺の名前はどこへでも付いていく。それが嫌なら俺を超える男になることだ。  物心ついて最初に覚えている父の言葉だ。  そう言われた通り、先の戦争で英雄となった父は偉大すぎる男だった。  父の活躍で王国は勝利を収めて、長き平和を得ることができた。  父は剣を持つことをやめたが、今でも俺は勝つことができないだろう。  羨ましいとか超えたいなんて思えるような手の届く存在ではなかった。偉大すぎて見上げれば目が眩む存在、それが俺の父だった。  幼い頃から剣と共に生きてきた。平和になった国を出て、体が大きくなってからは他国の戦いに傭兵として参加する修行の旅に出た。  しばらく各国を回った後、父のように名を残すこともなく国に戻った。  外に出て分かったことは、どこへ行っても父の名前を聞いたことだ。身分を隠しての旅だったが、剣を握るなら知っておけと、どこでも父の名前が出てきた。  大きすぎる存在をずっと背中に抱えていて、俺はどう生きていけばいいのか、ずっと悩んでいた。  国に戻ると、父から学園に入るように言われた。これは、王国に住む貴族の義務であるので、俺は分かったと言って家を出た。  何か言われるだろうということは分かっていた。遠巻きにジロジロと見られることも慣れている。特にここでは自分を隠すことができないので、あの人の子供という言葉は常に聞こえてきた。  最初は気にしないでいようと決めたが、いつも一定の距離を置かれながらジロジロと見られ、声をかければ怯えられて逃げられるという環境に疲れてしまった。  入学してしばらくすると、空き時間は教室を出て庭園で寝そべるのが日課になった。  ここは静かで誰も来なくていい。  そう思っていたはずなのに、その人はある日突然寝そべっていた俺のことを踏みつけてきた。  そして、俺に怪我がないか心配そうな顔で確認してきた。  こんなことで大丈夫かなどと言われることは初めてだった。  学園の教師陣の中で、知っている顔だった。やけに艶のある男がいるなと思っていた。線が細く折れそうな腰、適度に筋肉はついているが、俺からしたらないにも等しい。  少し垂れ下がった紫の瞳と目が合った時、本能的な衝動が俺の体に走った。  俺にはオールドブラッドと言われる太古の血が入っている。かつて、世界を統べていた魔族。魔族よりは少なかったが、大きな勢力だった狼族。その血が流れている俺は、成長が早く体つきも大きくなり、子供の時点で体術、剣術ともに難なく習得した。  そして戦いと同じく野生の本能として、子孫を残すことにもまた他の者より優れている。  いわゆる、自分に合ったメスを見つけると本能的な衝動に駆られる。  かつての狼族はその性衝動の強さから、行為に及びながら相手を食い殺してしまうという残虐性もあったらしい。  さすがにそこまでの衝動は消えているが、それでも本能的に自分と体の相性のいい相手を知ることができる。  その人に手を握られてすぐに体が反応したことからも明らかだった。漂ってくるメスの甘い匂いが濃すぎて意識が飛びそうになるくらい興奮で血が熱くなった。  思わず食いたいと言うと、その人はとても嫌そうな顔をして逃げ出した。  今まで俺を怖がって逃げるやつはいたが、他人に逃げられてもどうでもよかった。  だが、その人が逃げたら追いたくてたまらなくなった。  きっと本能的なものだろうと思った。逃がしてはいけないという。  この俺から逃げられるはずがないのに、全力で歯向かってくる姿もまた可愛く思えた。  ますます手に入れたくなった。  しかし、この優秀なメスを欲しがる人間は他にもいた。  その中には俺が唯一まともに話せる幼なじみのデュークもいた。  平民から公爵家に入ったデュークは、俺のことを特別視するような事はなく、いつも変わらない態度で接してくれた。  デュークと争うことは避けたかったが、ここまで血が騒ぐようなメスは滅多に出会えない。  すぐにでも襲いかかりたかったが、意外と警戒心が強く逃げ足が速い。手荒くしたらもっと避けられると思うと、何故だか気分が悪かった。  そんな時、いつものように庭園で寝転んでいると、誰かが近づいてくる気配がした。  目を開けて動こうとすると、だめ!動くなと言う声がした。 「動くと刺激しちゃうから、ちょっと待ってて…絶対動くなよ!……あーー!もう!俺だって苦手なのに!!」  僅かに開いた目にこっちにゆっくり近づいてくるアリアスの姿が見えた。 「だあーー!!あっちに行ってくれーーー!!」  ブンブンと何か払う気配がしたら、羽音が聞こえて虫が飛んで行ったのが分かった。 「……何をしているんだ?保健医」 「蜂だよ!今の見ただろ!なんてデカさなんだ!拳大くらいあったぞ。危ないから払ったんだ」  飛んで行った姿を見たが、大陸に生息するどこにでもいる蜜蜂だ。  驚くほどの事ではないのに、アリアスは冷や汗をたらしながら安堵したように息をついていた。  大袈裟だなという目で見ていたのに気が付いたのか、アリアスはキッと怒った顔つきになって俺に詰め寄ってきた。 「デカい体してるからって、危険なんだぞ!お前には小さな蜂でも毒があるんだから死ぬかもしれないんだ!」 「……大袈裟だぞ、蜂くらいで。虫に刺された程度じゃ痛くも痒くもない」 「ばっ…ばか…!毒をなめるなよ。俺は親戚で蜂に刺されて大変なことになった人を知っている。恐いもの無しかもしれないが油断は禁物だ。もっと自分を大事にしろ!」  アリアスが俺を見る目つきは真剣だった。揶揄うようなものは一切混じっていない、強い目だった。  その目を見た俺は全身が痺れたようにビリビリと揺れて、体の奥から熱が湧き上がってくるのを感じた。  強くて負け知らず、逞しすぎる俺をこんな風に心配して叱ってくれる人などいなかった。  欲しい…この人が欲しい。  血が滾ってきて股間に熱さが集中して、爆発しそうなくらいだった。  今すぐ押し倒してブチ込んでしまいたい衝動があったが、体が動かなかった。 「あ、やべっ!教頭に呼ばれてたんだ。うわっ殺される!」  こんなところで寝るなと言って、アリアスは甘い香りだけ残して走って行ってしまった。  本能は食べたくてたまらなかった。しかし、体が動かなかった。それは、ただ種付けをして体だけを食らいたいだけではなく、俺はアリアスそのものが欲しかった。  心も体もその視線すらも自分のものにしたかった。だから、こんなところで軽々しく手を出したくなかった。  その時、この大切にしたいという気持ちが、好きなのではないかと思った。他人に対して初めて湧く感情は心地の良いものだった。  だから結婚の話を聞いて飛びついた。アリアスならきっと俺を選んでくれる。そう信じて全力でぶつかっていこうと心に決めたのだった。 「はぁ…も…むり……」  ひどく掠れた声とシーツの中でもぞもぞと動く気配がした。這い出ていこうとする気配を察知して、後ろから深く突き入れると、殺す気かと振り向いたアリアスが睨みつけてきた。 「ライジン…まさか、お前…ずっとちんこ入れっぱなしだったのか……?」 「ああ、ずっと中に入ってる」 「お……俺が気絶しても……抜かなかったのか!?……ありえない…嘘……だろ」  週末にアリアスがこの部屋に来てから、我慢できずにすぐ押し倒してしまったが、気がついたらもう二日目の朝を迎えていた。  確かに途中アリアスが気絶したら何度か休んではいたが、日を跨いでずっとヤリ続けてしまった。  ここまでしたら、アリアスも満足してくれるだろうと思ったが、怒りの顔になったアリアスに足で蹴られてベッドから落ちた。 「あ……アホかーーー!!しっ……信じられない……。今日は何日だ!?まだ休みか?うおおおおおっ……腰が!!腰がいてぇ!!」 「休みは終わった。今日から平日だ」 「ううう……嘘だろ……。ふっ……二日もずっとヤってたのか……俺達……」 「ああ、そうなる。俺も驚いた」  アリアスが声にならない悲鳴のようなものを上げてベッドに顔を埋めた。 「……はやく支度をしないと。遅刻してしまう。お前も早く準備しろ!」 「仕事に行くのか?」 「当たり前だ!クビにされる!」  アリアスは顔を真っ赤にして怒っていた。俺はアリアスがなぜ怒っているのか、理解できなくて頭を掻いた。  この世界、男が好きな相手に自分をアピールする方法はセックスだ。  メスはより男らしい魅力を持った男の種を得ようとする。  立派なペニスを持ち、たくさんの精を放つことができて、持続性と回復力、回数をこなせる男こそが、メスに選ばれる男なのだ。  だからこそ俺は自分をアピールするために、全力でぶつかっていったのだが、アリアスの機嫌を損ねてしまったらしい。  足に力が入らなくて転がりながら支度をしようとするアリアスを見て、俺は慌てて動いた。  体を拭いて服を着せて、飲み物と軽食を用意して言われた通りに持ち物を鞄に入れた。  その間、アリアスはずっとムッとした顔をしていた。  必死に自分を知ってもらおうと頑張ったのに、ツレない態度が寂しくなって、椅子に座っているアリアスの足元に座り込んで紫の瞳を見上げた。 「アリアス、なんで不機嫌なんだ。もしかして……あれじゃ足りなかったのか?」  アリアスの顔がピキッとヒビが入ったようになって、もっと険しい顔になってしまった。 「んなわけあるかーーー!!バカーーー!!」  ガッと鞄を掴んで、多少回復してきたらしいアリアスは、よろけながら走って部屋から出て行ってしまった。  俺は唖然として部屋に一人取り残された。  剣では誰にも負けないし、体力だって自信があった。  男として負け知らずだった俺が初めて敗北を感じた瞬間だった。  □□ 「あっはっは、ヤリ殺されそうになったって。若いんだから仕方ないでしょう」 「いやいやいや、若気の至りのレベルが違いますよ。精力がバケモンですって……」  俺の話に腹を抱えて笑っているのは、同僚で生物学の教師のリカルド先生だ。  仕事のジャンルが近く、資料の作成などで助けてもらい仲良くなった。  仕事の合間に準備室に遊びに行ってお茶をご馳走になっている。  年齢も同じだと聞いて急速に心を開いた。  ムキムキの男達が多いこの世界で、俺と同じような細身の体格で、強面でなく優しい顔立ちのリカルド先生は俺の癒しの存在だ。  目が細くいつも笑っているように見える顔はなんとなく胡散臭いと思ったことはあるが、話せば話すほど良い人で、今では仕事や家族の愚痴までなんでも話してしまうようになった。 「それにしても大変ですね、アリアス先生は。あと何人でしたっけ?」 「後は、ルナソルとジェラルド先生です。でも、もうライジンに食い殺されてこのまま終わりそうで……」  リカルド先生は俺の答えにまた笑い出して、目尻に溜まった涙を指で拭っていた。 「彼は素直な子なんですね。ある意味、ずっと修行しかしてこなかったから純粋なのかな」 「ヤリ殺そうとする男のどこが純粋なんですか!」 「アリアス先生、普通好きな人に自分を知ってもらう方法はセックスをすることですよね。特にどうしても好きになってもらいたかったら、一生懸命頑張るんじゃないですか?ライジン君みたいに」  温和なリカルド先生から出てきた台詞に唖然としてしまった。まさか、手を繋いで月が綺麗ですねをすっ飛ばして、体の関係から始めましょうがこの世界のスタンダードだとは思わなかった。 「成人するまでは妊娠の心配もありませんし、体の相性は恋人になる前の大事なチェックポイントですよ」  脳内異世界人の俺としては、これが普通だと言われたら納得せざるをえない。  妊娠については、受け側が成人を迎える頃になってやっと体が完成して妊娠可能になるというのは医学書で確認していた。  確かにそこの心配はないが、それにしてもなかなか頭が追いつかない。 「……という事は、ライジンは俺をオトしたくて、ヤりまくったって事ですか?」 「ふふふっ、そうなりますね」  なんて単純なヤツなんだと頭を抱えて項垂れた。どうも今朝は俺が怒ってもポカンとしていた。足元に座って俺を見上げてきた時なんて、捨てられた子犬みたいな顔をしていた。  その顔を思い出して、良心がチクリと痛んだが、それでもこんな腰がガクガクで使い物にならなくなるまでヤることはないだろうと怒りは消えなかった。 「彼も恋人らしいことに慣れていないようですし、町にデートにでも行ってみたらどうですか?」 「でっ…デート!?ライジンと俺が!?」  勢いよく顔を上げて、口をパクパクさせて驚いている俺を見て、リカルドが本当に面白いですねと言ってまた笑っていた。  この組み合わせで何をどうするのか教えて欲しいくらいだが、リカルドの言うことは確かに考えさせられた。  ライジンの体のことは嫌というほど理解させられたが、内面的なことはイマイチ分かっていない。  クレープでも食べに行くのが正解なのか分からないが、密室ではなく外で冷静に話すことも必要なのではないかと思ったのだ。 「……分かった。ちょっと考えてみます。リカルド先生、ありがとうございます」  やはりリカルド先生は頼りになる。  手を握って感謝の気持ちを伝えると、リカルド先生はどういたしましてと言って、細い目をもっと細めて微笑んだ。  こうやって触れても変な気分にはならない。まともな人間関係が癒しすぎて保健室へ帰れなくなりそうだ。  とりあえず腰がバカみたいに使い物にならなくなったので、この一週間はライジンを召使いのように使って生活した。  もちろん、俺には指一本触れさせない。  なんで俺がという顔をされる度に、腰がぁと演技をすると、だいたい渋々従ってくれた。  確かに単純でピュア、上手く使えばかなり助かる男だ。  週末、日課のトレーニングに出かけていたライジンが帰ってた。この一週間、なかなか思い通りに動いてくれたライジン君に今日はご褒美だと声をかけた。 「出かけるぞ」 「……出かける?どこへ?」 「んー、とりあえず町だな。二人でデートだ!」  ふわりと優しく微笑んでライジンの腕に手を絡ませた。ここしばらくの塩対応から一転、突然の甘えてきた俺にライジンは顔を真っ赤にして口を開けたまま声が出ないようだった。  チョロい!使える!  生徒をこんな風に思うのは教師として最低だが、この世界で振り回され続けてきた俺が、やっと感じた手応えだったのだ。  いつも屋敷と職場の往復だったので、ちゃんと町を歩くのは初めてだ。  異世界の街はヨーロッパ風の煉瓦造りで、可愛らしい小さな店が所狭しと並んでいる。  その中をのしのしと大きな体を揺らして歩くライジンはとにかく目立っている。  さすがに剣を持っているともっと目立つので、今日は置いてきてもらった。  それでも大きな体で厳つい顔の男だ。すれ違う者達が驚いた顔をして振り返ってくるので面白かった。  今日はすばり、ライジン君に貢いでもらおうとおもっている。  ああ、最低だ。最低ですよ。  生徒にたかる最低な教師がここにいますよ。  しかし、子爵の三男坊で安月給の公務員。  自分で自由に使える金などほとんどない。  結婚するなら財力も大事だし、どういう使い方をするのかもチェックする必要がある……はずだ。  なにも宝石を買ってもらうわけじゃないから別にいーだろ!……って誰に俺は言い訳しているんだ。 「ライジン、俺ちょっとインクが欲しくてさ。安物じゃなくて、ちょっといいやつを……って……あれ?」  一人であれこれ考えていたら横にいたはずのライジンの姿が消えていた。  まさかと思って周りを見渡したが、頭ひとつ飛び出ているデカい男の姿がどこにもない。 「……は?……嘘だろ?迷子?」  俺は前世でガキの頃、とんでもなく迷子になる子供だった。  いつも呼び出しのアナウンスが流れるので、親もああまたかと慣れるほどっだったと聞いた。  心惹かれるものがあるとフラフラと行ってしまう。そして帰り道が分からなくなっていつも泣いていたおバカな子供だった。  しかし、これは立場が逆じゃないかと思う。俺は確実に大通りを歩いていたから、横道に入らなければ迷子になどなるはずがない。  急いで辺りを探してみたが見つからない。しかし、ここで俺は大事なことを思い出した。ヤツは狼の族かなんかの血を引く男だ。優れた嗅覚を使えば俺のことなんて簡単に見つかるはず。  俺はその場から動かずに、閉まっている店先に座り込んでライジンが来てくれるのを待つことにした。  さぁ、早く戻ってきてインクを!  俺はそう願い続けながら………  空が青から赤くなっていくのをじっと眺めていた。 「………」 「…………」 「遅いーーーーーー!!!何やってんだ!!あのクソ犬が!!俺を置き去りにしやがって!!俺のインク返せーーー!!」  突然叫び出した俺を町を歩く人々がギョッとした目で見てきたけれど、そんなのどうだっていい。  昼前に来てもう空が暗くなりそうだ。信じられないくらい待たされた。もう待っていられなくなって、俺は路地裏に入ってライジンを探すことにした。  道なんてよく分からなかったが、とにかく走り回って探してやると俺は意地になっていた。  そんな俺をじっとりとした目で見てくる視線に、俺はまだ気づいていなかった。  □□□
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