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だって壊したいんだもん!いやいや、困るから…
俺がアリアスになってから初めて親父に会った時、親父はもの凄い怒っていた。
「どういうことだ!!!アリアス!!」
「ひぃぃぃ!!なななな何のことでしょうか?おおおお父様……」
元軍人だと聞いていて、絶対ヤバいやつだから怒らせないようにしようと思っていたのに、俺にとって初対面でいきなりブチ切れてる親父は、手をパキパキ鳴らしながら地面を揺らして近づいて来た。
「俺は一度しか聞かないからな!近所で子供を狙う変態が出たらしい。アリアス!違うと言え!!」
俺は違うと願いますと言いながら、恐怖で失禁…じゃなくて!失神した。
この件については後に犯人が見つかるので、親父のひどい勘違いだった。しかし、なぜ父親に変態として疑われなくてはいけなかったのか、ただのセクシー保健医だと思っていたのにショックを受けた。
それで、アリアスの過去を調べた訳だが、それによるとアリアスは過去にある問題を起こしていた。
子供に手を出そうしたところを見つかったのだ。
親父はその時かなりの金額を問題を揉み消すために使ったらしい。
相手の親と揉めてというわけではない。
その相手の子供というのが、結局誰だか分かっていなかった。
俺を探しに来た使用人が、その現場を目撃したのだ。
アリアスは見つかってしまったショックからか、放心状態でその時の記憶は曖昧。ただ、子供が近くにいたという事だけは覚えていた。
その相手の子供は逃げてしまったらしい。
目撃した使用人が言いふらしてやると親父を脅してきて、親父は言われるままに金を渡してそいつを黙らせた。
なぜ親父が簡単に金を渡したりしたのか。もちろん、家名を汚したくないというのもあったと思うが、親父はきっと自分の責任もあると感じていたのだろう。
アリアスが例の問題を起こしたのは、17歳の時だ。アリアスが幼い時に家を出た母親がその頃ふらりと帰ってきたらしい。
親父と口論になってすぐにまた家を飛び出した。
アリアスとも会話をしたらしいが、それが原因なのか、それからアリアスはずっと塞ぎ込むようになってしまった。
そんな中で起きた問題だったからか、親父は何とか俺の将来を守ろうとしたのだろう。
アリアスという男は、子供時代は暗くて地味だったらしい。
ずっと兄二人の後ろに隠れているような子供だった。
それがひどくなったのは、思春期を迎えてから。人と関わることを避けて、特に人から触れられることを極端に嫌ったらしい。潔癖症を想像したが、それがあの問題を境に、人が変わってしまい、急に街へ繰り出すようなり色事に積極的になった。
可愛い男の子に目がなく、同時に何人もベッドに侍らせて放蕩三昧。
湯水のようにお金を使い、毎日遊び歩くようになってしまった。
紆余曲折あり、学園の仕事に就いた後も、好き勝手ヤっていたというのが俺になるまでの話。
そしてここに来て、その時のお相手と出会ってしまった。しかも、同じ攻略対象者という立場のはずなのに…、まさかのそんな裏設定ありかよと気が遠くなった。
ルナソルとは5歳違いだから当時は12歳だったはず。
アリアスお兄ちゃんと呼ぶくらいだから、面識があって、アリアスが目をつけていたのだろうか。
もうこれしかないと思った俺は立ち上がってからルナソルの近くへ寄って行き、ガバッと地面に頭をつけて土下座した。
前世で身につけた、これでだめならもう終わりの悲しき社畜の究極の一撃。
「本当にすまない!!謝って済む問題でない事は分かっている。言い訳にしかならないけど、あの時のこと、実は記憶があまりなくて……。目撃した者からも話を聞いて、俺は人を傷つけるような最低な事をしてしまったのは分かっている。悪かった!俺にできる事なら償わせてくれ!なんでもやるから!」
ひどいことをしておいて、平然と目の前に現れたのだからルナソルは、きっと俺をすごく恨んでいるのだろう。婚約者候補に手を挙げたのも、もしかしたら復讐のためなのかもしれない。
自分がやったわけではないけれど、今は俺になってしまったので、このままだとどうも寝覚めが悪くて仕方がない。
この先、王国で確実に上り詰めていくであろうルナソルに、ずっと恨まれ続けるなんて恐ろしい未来しか想像できない。
「頭を上げてください。アリアス先生。どうして先生が謝るんですか?」
「ルナソル……?」
「でも、いいですね。何でもしてくれるなんて嬉しいです。そうですね……、では私に協力してくれますか?」
「協力?……分かった。俺にできることなら」
俺は床に座り込んだままルナソルを見上げた。
ルナソルは俺を見下ろしながら嬉しそうに笑っていた。
その顔は今まで見てきたルナソルと同じなのに別人のように思えて、小さな不安が胸に生まれてじわじわと広がっていった。
「先生、帰りましょう。続きはじっくり…帰ってから」
ルナソルの妖しげな微笑みに誘われるように俺は頷いてから差し出された手を取った。
ルナソルの手は大きくて厚みがあった。
この先が天国か地獄か、その手の温かさから想像することはできなかった。
□□
はらりと小さな葉が風に舞って、自分の足元に音もなく落ちてきた。
かつて瑞々しかった色はすっかり見ることはできない。茶色くて汚らしい枯れ落ち葉。
まるで自分のようだと思いながら、私はそれを手に取った。
途端に昨夜父に殴られた肩が痛んで、思わず小さく声を漏らした。
アカデミーの初等部を主席で卒業した。しかし、そんな事は父にとっては当たり前だった。
同じ学年にいた王族に近づいて友人になるように言われていたのに、警戒されて結局近づくことができなかった。
それが父の怒りに火をつけてしまった。厳しい人だということは分かっている。怒ればいつも手が出て、いくらやめてと言っても止まらないことも。
何かと王太子殿下と友人である従兄弟の話を持ち出してくる。
どんなに学問に優れていても、父の頭にはそれしかない。
自分の息子をどう駒として使うか、いつも父の頭にはそれしかないのだ。
母もまた同じだ。父の言うことに従えと命令してきて、暇さえあれば酒とギャンブルに溺れている。
私は国を統治したいとような野望を抱いているわけではない。
伸ばした手を掴んで欲しい。
それだけでよかったのに、誰もその手を掴んでくれない。
まるで枯れ葉のようだ。
神童と呼ばれても、中身は誰にも愛されないボロボロで汚らしいただの落ち葉。
「誰だ!」
自宅の庭を歩いていたつもりが、考え込んでいて他の貴族の敷地にまで入ってしまったらしい。
生い茂る草をかき分けてその声の方へ行ってみるとそこには、イエロールーン家の息子がいた。
近所なので何度か顔は合わせたことがあるが、いつも下を向いていて暗そうな男だった。
「……なんだ、ブルーム家のガキか。遊んでいて迷い込んだのか。ここはうちの庭だ。さっさと家に帰れ」
向こうも俺のことを知っていたらしいが、チラリとこちらを見ただけでそっけなく下を向いてしまった。
こんな草木が生い茂る庭で何をしているかと思えば、アリアスの目元が光って濡れていることに気がついた。
「アリアスお兄ちゃん…、泣いているの?」
迷ったが子供らしく声をかけることにした。何故か引き寄せられるように側まで歩いていくと、バッと顔を上げたアリアスはひどく不快そうな目で俺を見てきた。
「俺に近づくな!さっさと帰れ!」
アリアスは怒鳴られても怖がることがない私を見て、焦った様子になり、またあっちへ行けと怒鳴って、両手で払い退けるように胸を押してきた。
それほど力は入っていなかったが、私は後ろに飛ばされて地面に尻餅をついた。
何が起きたのか分からなかったが次の瞬間、アリアスに触れられた胸がカッと熱くなった。
そして、むせかえるような甘い匂いがしてきた。アリアスの方を見ると、真っ青な顔をしたアリアスは絶望的な顔をしていた。
「お…お前もか……。やはり母様に言われた通り……俺はっ……俺は、まさかこんな子供にまで……!!」
アリアスは青かった顔が今度は赤くなり、苦しそうな息を吐き始めた。その様子を見て、私はこれが何の状態なのか悟った。
「お兄ちゃん、もしかしてスペルマなの?」
「ち…違う!!嫌だ…!絶対に違う!!俺は…母様とは違うんだ!!」
スペルマについては王国史で学んでいたし、魔法学の授業でも研究テーマにしていた。だから分かっていた、スペルマになった人間は誰しも喜ぶわけではない、という事が。
「……もしかして、ずっと隠して生きてきたの?それは、大変だったね」
「………」
母親からの遺伝であれば、もっと早い時期から発情が開始していただろう。普通なら神殿に通達が入り、抑制の魔法がかけられているはず。
それをしていないという事は、自ら気づいていながらも受け入れられずに、誰にも悟られないように暮らしてきたはずだ。もちろん、家族にも。
それが、どれほど大変だったかは想像できる。
「嫌だ……、スペルマなんかになりたくない。父様も、兄様達も……みんなを悲しませてしまう……」
ボロボロと泣きながら、胸を掻きむしって運命に抗おうとしているアリアスを見て、俺の中の何かが動いた。
「……分かった。そんなに嫌なら、誰にも知られず、僕が封印してあげるよ」
「……え?」
「教会で緊急的な措置として行う抑制魔法は、一時しのぎなんだ。時間が経てば効果が薄れて消えてしまう。僕は抑制魔法の術式を組み換えて完全に封印する方法を作り出した。ただ、まだ実験途中だし不完全だから完璧とは言えない。それでもお兄ちゃんがいいと言うなら、それを……今かけてあげるよ」
「……嘘だろ。なに言ってんだ?お前……いったい……」
「疑うならやめるけど」
アリアスは俺の目を見つめてきた。不安に揺れる紫の瞳は美しかった。
アリアスはもうほとんど壊れていたのかもしれない。子供の言った言葉を信じた。溺れながら藁を掴むように私の手を掴んできた。
そして、小さく頼むと言ってきた。
私の作り出した術式はほぼ完璧だと言えた。しかし、スペルマが進化の過程で獲得してきた本能的な力は考えていたよりも強かった。
理論上は出来ていたが、スペルマの個体は少ないので実際に使ったのはアリアスが初めてだった。
そして懸念していた通り、最後の関門が突破できなかった。
アリアスにかけた魔法はほぼスペルマとしての力を散らしたが、核となる部分を取り除く事はできなかった。
つまり、スペルマとしての匂いは軽減されたが、アリアスを欲する者には強く香ることになる。
そして、誰でも構わず発情する事はなくなるが、本能的に相性の良い相手に出会い、双方惹かれあったなら封印は弱まりスペルマとしての反応は抑圧されていた分また強く発動することになる。
しかし、本能的に相性の良い相手など、そう出会えるものではない。
一生に一度会えるかどうかと言われているのだ。術をかけた時にアリアスの抑圧されていた意識も放たれてしまったので、今までとは性格が変わってしまうかもしれない。
保険をかけるために、まだ中間にいた性的な思考を抱く方に寄せておいた。
これで、変な雄に種付けされることもないだろう。
体も頭も手を加えられたアリアスは消耗しきって意識を失っていた。
このまま放っておいても、自宅の庭であれば使用人が探しに来るだろうと思って、私は立ち上がりその場を去ろうとした。
年に一度使うかというくらいの魔力を使ってしまい私もフラフラとして足に力が入らなかった。
しかしそこで、アリアスに触れられた胸が焼けつくように熱くなった。ずっとじりじりと何か燻っていたが、それについに火がついたみたいだった。
気を失っているはずのアリアスも、無意識でありながら、はぁはぁと熱い息を吐いていた。
そしてアリアスはまた、ブアっととむせかえるような甘い匂いを放ってきた。
「……まさか、僕の封印はちゃんとかかったはずだ!!……ならば、僕とアリアスは……」
まさか、出会う確率は多くないと言われているその相手が自分であったことに驚いて足が動かなくなった。
術がまだ定着していないからか、惹かれ合うという条件を超えて、アリアスの発情が始まってしまったのだろう。
荒い息を吐きながら苦しそうに悶えているアリアスは、頭がクラクラするくらい美しかった。そして私の目線はアリアスの下半身に集中した。
衣服を押し上げて立ち上がり天を向いているソレを見たら、もう目が離せなくなった。
ゴクリと唾を飲み込んで、その膨らみに触れた。行き場をなくして苦しそうにしているソレを、ズボンをくつろげて取り出すと、すでに蜜をボダボタと垂らしていた。
沢山の本を読んできた。大人相手に議論を仕掛けて論破することも簡単だった。
感情は必要のないものだと、いつも自分の奥に閉じ込めている。
それなのに、胸がゴンゴンと鐘のようにうるさく騒いで鳴り止まない。
頭の天辺から爪先まで、興奮で震えていた。
手で触れたらソレは熱く硬かった。溢れ出す蜜がひどくもったいなく思えた。
そこから自分が何をしたのか、記憶は曖昧だ。
気がつくと誰かが叫んでいた。
その声でアリアスも意識が戻ったらしいが、封印魔法を受けた影響で放心状態だった。
誰かを呼びに行ったのか、大声を出した者は走っていき、私も服を直してその場から逃げ出した。
自分が何をしたのか恐ろしかった。誰かに欲情するようなことは初めてだった。しかもそれが強烈過ぎてまるで獣になったようだった。忘れたいと願ったのに、その記憶はいつまで経っても体に染みついたまま消える事はなかった。
それからは、両親の死や家の問題で日々は光のような速さで過ぎていった。忙しさは何もかも忘れさせてくれる。あの事は頭の片隅に消えかけたころ、アリアスはまた私の前に現れた。
入学式でその姿を見た時、すぐに体が痺れたようになってあの日の記憶が甦った。
保健医として勤務している彼とは、ほとんど接触することはない。本当は全て忘れたものとして、無視して関わらないようにしようと決めていた。でなければ、自分の中の獣が目覚めてしまうと思ったから……。
それなのに、アリアスは平然と俺の近くに来た。あまりに無防備な姿に思わず話しかけてしまった。
きっと魔法の副作用でアリアスのあの日の記憶はほとんどないだろう。
私のことも封印されたことも覚えてはいないだろう。
冷たくあしらわれたなら、さっさと立ち去ろうと思っていた。
それなのに、アリアスは……。
私の方を見て嬉しそうに笑った。
何も知らない無邪気な顔をして、いいやつだななんて言って花が咲いたような笑顔を見せた。
そして、俺の手を掴んできた。
その時、俺の中に閉じ込めていたモノが、檻を破壊して飛び出してしまった。
築いていた壁をガラガラと音を立てて壊しながらその獣は昔よりずっと大きくなって私の体を支配していく。
獣となった私は、アリアスを人気のない所へ連れて行き欲望を擦り付けた。甘い匂いを撒き散らしながら、真っ赤になったアリアスは慌てて転がりながら走って逃げて行った。
その時、自分が求めていたものをやっと認める事ができた。子供心に恐ろしさを感じてずっと否定してきたけれど、それが自分だと認めると喜びの感情が全身を駆け巡っていくのを感じた。
あの笑顔が自分の手で壊れるところを見たい。
アリアス先生、あなたを壊したい。
逃げていくその背中に向かって、私は小さく呟いた。
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