魔女ー6

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魔女ー6

 百階建てのヴィルディング。  その屋上に、魔女の抹殺を目的とした人々が集まり、大量の武器を持ち込んだ。  魔女が叶える願い。もはや呪いともいわれるようにもなっていた。  誰かを生かすために誰かが死に  誰かが幸せになるために誰かが不幸になり、  誰かが愛すれば誰かが憎み  人々は魔女を憎んでいた。千二百年続いた魔女の世界に、終焉を。魔女に今度こそ永遠の死を。今こそ、我々だけでない。先祖の怨恨をもはらす時ぞ。  またか。 魔女はあきれた。  魔女を倒す人々は、最新式の兵器を、魔女に向かって放った。  何十回と繰り返されてきた光景だった。  そして今度も、兵器は魔女の身体をすり抜け、魔女は杖を振り、全員の首をへし折るはずだったが……。    魔女の前に黒い影がさっと飛び込んだ。魔女が黒い影を青年と認めた時には、兵器は青年の身体を貫いていた。  倒れかかる青年を、魔女はとっさに抱きかかえた。青年の血が、魔女の頬にかかった。 「わしは死なんのだ。なぜ前に立った」  青年は血を吐きながら「そうでしたね」と目を細めた。そのままゆっくり目を閉じた。  青年は腕の中でどんどん冷たくなっていく。  青年の熱を吸い込むように、魔女は、身体がだんだん熱くなっていくのを感じた。人々は、魔女が動かないのを好機と思い、魔女に向かって次々と兵器を攻撃した。  一つの攻撃が、魔女の左肩を打ち抜いた。魔女は反撃せず、杖を振らず。代わりに杖を落とした。  青年の遺骸を抱いたままビルの屋上から飛び出した。さかさまに落ちていった。  落ちていく。  落ちていく魔女の目は、ひらかれていた。ビルの中に住む者たちの情景が、目に飛び込んできたからだ。  99階で、黒装束を着た二人の女性が、抱き合っているのを見た。  84階で、天使と悪魔が口づけをしていた。  76階で、美しい男女が指輪を交換しているのを見た。  65階で、赤ん坊を抱きしめて怒り狂い、泣き叫んでいる少女を見た。  59階で、白装束の子供たちが駆け回っているのを見た。  46階で、布団に横になっている老婆を見た。  34階で、小さなネズミが、母ネズミの死骸をむさぼっていた。  23階で、少年と少年が穏やかな顔で椅子の上で眠っているのを見た。  12階で、厨房で料理をしている老人は、慟哭していた。  7階で、少年が花束を持っているのを見た。  魔女が見たすべての者たちは泣き、笑い、苦しみ、怒り……。  とうとう魔女は地面に打ち付けられた。人々は、空からいきなり人が落ちてきたことに驚いた。群衆が魔女の周りに集まる。  魔女はひどく頭から血を流し、腹はつぶれ首はねじれ足は踊るように不自然な方向へと折れている。広がっていく血だまりの中、目も当てられないほど無残な姿で転がっていた。  だが、腕だけはきつくまるで守るかのように青年を抱いていた。青年の身体には美しく形を保ったままだった。眠っているように見えた。  魔女は不死身だ。すぐに蘇るだろう。人々の視線は、魔女ではなく、青年にそそがれていた。  老人が、つぶやいた。 「かわいそうに。きっとこの男も魔女による誰かの願いの犠牲になったのだろう。皆さん。どうか祈ってください。哀れな魔女の被害者に」  魔女の瞳は、驚く人々をうつした後、静かに閉じられた。  不死身だったはずの魔女は、二度と蘇ることはなかった。            屋上 完
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