魔女ー1

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魔女ー1

 トウキョウの真ん中に、高級な百階建てのビルがつくられた。  創業・建築にかかわったものは数千人以上。国をあげた一大プロジェクトだった。  ビルができると、国中は大騒ぎとなり、テレビではビルの完成や作り上げられるまでの過程がニュースやワイドショウで連日放送された。  募集がかかると、世界中の大企業や富豪も、こぞってビルの中にオフィス、ホテルをつくりはじめた。  ビルの部屋は次々埋まり、一年も経つと売れ残ったのは屋上だけとなった。  屋上だけは高級とはほど遠いつくりだったし、百階建てのビルの屋上。雨が降ったりすると、とても汚くなる。高山病のような症状も起きた。  だれもこんな場所をひきとろうと思わなかった。  やがて、ビルの存在が世間から忘れられたころ、どこからかほうきにのった魔女がやってきた。  年は70代~80代。目は小さく鼻は大きく、肌は黄ばんで唇は薄い。とても醜い女だった。  魔女は、鼻の穴から鼻糞をこぼしながら、ビルの管理者に言った。 「ここに住ませよ。訪ねてきたものにはなんでも一つだけ、願いをかなえてやるぞ。わしはどんなことでもできる」  ビルの管理者は、ビルの話題性を持ち直させるために面白い案だとひざを打ち、彼女に屋上を与えた。  最初の客は、若い学生だった。 「殺したいやつがいる。うまい方法はないだろうか」  魔女はくるくると黒色の杖を振った。 「よろしい、ぬしの願いをかなえよう」  魔女が杖を振ると、学生の携帯電話に友人の訃報メールが入った。突然の自殺だった。  魔女の力は信じられ始めた。  世界中から人々がやってきた。  毎日、百階までの階段を埋め尽くすほどの行列ができた。  ある中年女性が言った。 「世界を征服してみたい」 「よろしい、ぬしの願いをかなえよう」  瞬間、女性は女帝となった。世界の絶対的な支配者として君臨した。  だが、普通の人だったものが、政治や帝王学を理解しているはずもない。  きまぐれに起こされる戦争。広がる貧富の差。感情的な大量虐殺。  一人の従者が、魔女のもとに飛び込んだ。 「やつを殺してくれ」 「よろしい、ぬしの願いをかなえよう」  女帝は死に、世界はますます大混乱に陥った。  皇帝や女帝が次々世界を征服しては謎の死とげていく。  世界はめまぐるしく変わっていった。どれだけの人が死のうと、魔女はせせら笑った。 「ふしぎよの。願いをかなえてやったのにのう。人間。愚かにもほどがあるわ」  数百年が過ぎた。  どんな形に世界が変わろうとも、百階建てのビルだけは昔のままあり続けた。屋上で、魔女は人々の願いをかなえ続けた。  魔女にできないことはなかった。金、夢、世界征服。心さえも魔女にかかればあやつるなんて簡単だった。すべての願いは、無償でかなえられた。  一人が幸福になる一方で、多くが死んだり、死んだほうがいいと叫ぶほどの不幸を味わったりした。  たびたび魔女の殺害が計画された。しかし魔女は不死身であった。  だれも、魔女を倒すことができなかった。  ある日、一人の青年がやってきた。清潔感のある顔立ちであること以外は、いたって特徴もない普通の男だった。 「さ、ぬしの願いはなんじゃ?」  いつものように甘く問うと、青年はひざまずき、消え入りそうな声でいった。 「私はあなたのお姿をずっと拝見しておりました。あなたに惹かれて、夜も眠れません。あなたの心が欲しいのです。あなたが私を愛するようにしてください」  魔女はぎょっとして目を見開いた。  一つ一つ、言葉を切った。 「ふざけているのか」 「うそをついていると思いますか」青年は青ざめていた。まっすぐ見つめられて、魔女は思わず目をそらした。 「あなたのお姿をはじめて拝見した時から、あなたを愛してしまったのです」 「ばかな。だれもこんな醜いものを好きになるはずがない」  魔女の呼吸は乱れていた。 「わしはぬしに、世界一の美女を与えることもできるのだぞ」 「そんなものは、いりません。金も、肩書もすべて捨ててきました。あなたが、欲しい。あなたにも私を愛して欲しいんだ」 「困ったね、わしは死者を蘇らせたり、夢をかなえたり、人の心を操ったりできるけど、自分に魔法をかけることはできないんだよ」  魔女は嘘をついた。その気になれば自分の心すら魔法で操れることを知っていたが、今まで絶対に自分に杖を向けたことはなかった。  自分の心は自分自身のものなのだ。自分の心が支配されるなんて、まっぴらごめんだった。  男はあきらめなかった。 「では、おそばにおいてください。ただ、隣にいるだけでいいんです。触れられなくてもいい。口をきけなくてもいい。どうか、この屋上にいることを許してください」  男が何度も頼み込むものだから、魔女はとうとうあきらめた。投げやりに言った。 「よろしい。ならばわしのそばにいろ。血肉、骨まで愛してみろ。まあ、ぬしはわしに触れられぬし、言葉も話せぬようにするがな。その状態で、わしの魂を食ってみせよ」  青年は魔女とともに屋上に住み始めた。
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