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魔女ー5
青年とともに過ごす、何気ない日々。
青年と食事をともにするうち、魔女は青年と時間も忘れて語りあうことが多くなった。
時間も忘れて語りあううち、青年のことばかり目で追うようになった。人々の願いを叶えるために杖を振る時にも、視線の端には、必ず青年の姿があった。青年の姿が見えないと、青年を呼んで、青年の「なんでしょう」という笑顔を見ると、魔女の心は落ち着いた。
青年のことしか考えられなくなるうち、魔女は青年のいろいろな表情がもっと見たいと思った。目を細めた笑った顔だけでなく、
困った顔、焦った顔、喜ぶ顔……。
朝起きると、「おはようございます」と、青年がにっこりと魔女に声をかける。青年はいつも笑っている。目を細めて、とてもとても幸せそうに……。
魔女は青年の顔を見た後に、自分の顔を、鏡にうつす。
青年のいろんな表情が見たいという思いが生まれてくると、鏡にうつる自分の顔も、気になり始めた。なんともいえない不安が、生まれてくるのだった。
誰かと比べて自分は醜いと思ったことは何度もあったが、今回はその時とはどこか違う気がした。こんな感情は初めてだったが、魔女はきっと、自分は青年の若い姿に嫉妬しているのだと思った。
皺だらけのぶよぶよたるんだ皮膚。大きな鼻。くぼんだ小さい目。魔女は鏡を前にしながら、ちらりと青年を横目で見た。いったい青年は、わたしのどこが好きになったのだろう。
ある日。
魔女は生まれて初めて、自分に杖を向けた。
振った。
魔女は、青年と同じ年くらいの女の姿へと変わった。完璧な美女になるのはどこか違うような気がした。だから、魔女は何度も何度もやり直して、ようやく納得のいく、これなら青年の隣に並んで恥ずかしくないと考えた女性の姿へと変身した。
青年は、若返った魔女の姿を目にとめると、夢中になって魔女の手を取った。
「と、と、とてもいいです。前の姿もよかったのですがこれはこれで……。中身があなたであれば、虫になろうがなんだろうが関係ないです。は、はい。ああすみません。とても動揺しています。変なことを口走っているかも、しれないです。すみません、でも、でも、とてもとても良いです……」
青年はあわてて、握っていた魔女の手を離した。
「すみません。興奮してしまって」
魔女は思わずふきだした。青年は真っ赤になって、魔女をじっと凝視していた。いつもの余裕はどこへやら。いつもの目の細めた顔はどこへやら。もっとからかってやりたいと思った。
「ほう、ならばもう少し触れてみるか。そら。わしの唇に手でもあててみろ。わしの頬に触れてみよ。そら」
「やめてください……! 心臓が持ちません」
「ははは」
魔女は笑った。
笑った自分に驚いて口をつぐんだ。今、自分は青年の反応が面白いと思ったが……、
魔女は不安になった。自分は、とんでもない魔法にかけられているのではないか。自分の心が誰かに操られている恐怖が、冷たい風のように胸を突き抜けていった。
魔女は、人の願いを叶えるために魔法を使うよりも、自分のために魔法を使うことが多くなった。青年の好物の食事を用意したり、自分と青年の「家」を屋上に立ててみたり。魔女は服も外見も、毎日気にするようになっていた。
魔女は、自分の心がなにかに操られている感触を味わいながらも、その流れに抵抗はしなかった。ゆったりと身を任せることに心地良さすら覚えていた。
優しく、甘く、なめらかに、時は過ぎていく。
そしてまた、幾たびめかの魔女の抹殺計画が、世界各地で起こり始めた。
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