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雨の駅舎に一人残った誠太郎は、美月氏の言葉を心の中で反芻する。
負け惜しみ、詭弁。
なんて可哀そうな人だろう。夫に捨てられた惨めな自分を、そうやってそれらしい被害者意識で守ろうとする。初峯若菜へおこなっている姑息な仕返しからは必死に目を背け、何よりそれらを自覚していることが救われない。美月氏の言葉に同情する人間がいたとしても、彼女はその言葉を心から受け入れることは出来ないだろう。
手紙の文面を読み返す。初峯若菜という女の瑞々しい恋の浮かれ具合が見て取れる文章だった。
なら、自覚せずにいれば救われたのだろうか。詭弁を本音と思い込めば、献身の甲斐もなく夫に捨てられ、それでも自らの至らなさを反省する、健気な自分に酔い続けることが出来ただろうか。
思考から逃げるように目が文を追う。残された手紙は雨で濡れていた。
美月氏はなぜこれを自分に渡したのだろう。いやそれ以前に、何故私には本音を語ったのだろう。私を金秋氏に見立てた、質の悪い嫌がらせか。
否、そんな雰囲気ではなかった。思い返すと、彼女の誠太郎への態度は、八つ当たりとは言い難い。どちらかというと、同情に似た……。
また思考が途切れそうになる。何かから目を逸らそうとしている。文面ではない、それ以前のどこか。
稲塚天城。松井金秋。初峯若菜……。
不意に立ち上がり、毒虫を払うかのように、線路へ手紙を投げ捨てる。
和紙に書かれた文字は雨をよく吸い、線路上に落ちる頃には、滲んで読めなくなった。
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