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拝啓、初峯若菜様
貴方と最初に会ったのはいつのことだったか。もう随分と長い事共にいるような気さえしてきます。ともすれば、貴方は私の伴侶だったのではないか、と勘違いしてしまいそうです。
稲塚天城
歯の浮くような、虫唾の走る口説き文句を送ってやると、初峯若菜は、一目見てわかるほどに弾んだ字をよこした。
背景、稲塚天城様
長い事、などと仰いますが、まだ二年と経っておりません。ですが、そのように思っていただけるのはとても嬉しく、光栄に思います。天城さんの伴侶になる方がいるなら、その人はさぞ幸せになれることでしょう。一人を寂しく思う用であれば、いつでも私がお傍に参ります。
初峯若菜
「あぁ、あの人は、自分が結婚していることを教えていないのだな、と思いました。同時に、二人は恋仲にあるのだな、とも」
そうして美月氏は、やり取りの中で二人の蜜月の日々を詳細に知っていった。二人の出会いと逢瀬は実に一年以上も前からに及んでいた。美月氏がカマをかけるまでもなく、共に旅行に行った日のことを、その時に買ってもらった指輪のことを、初峯若菜は自分が持つ思い出の花に水をやるが如く、用紙を文字で埋め尽くしてくるようになった。金秋氏からの手紙が、よほど嬉しかったのだろう。
話題に上った旅行の日の金秋氏の外出を、美月氏は出張だと聞いていたし、疑いもしなかった。土産にもらった髪飾りは、今でも懐の中にあるという。
「酸の海に身を漬けに行くような日々でした。自分にとって利益のないことだと、ただわが身を苛むだけのことだと分かっていました。どことも知れぬ娘と夫の惚気話を聞くたびに、私が独占していたと思っていた愛は、ほんの義理程度のものでしかなく、彼の思いの大半は、その女に渡されていたのだと、彼女からの手紙が届くたびに、そのことをまざまざと突きつけられるのです」
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