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妻、羽川夏実が家出してから、半年が経とうとしている。
電車で行けば二晩はかかる彼女の実家からの連絡で、所在はすぐに知れた。
だがいくら携帯にメールを送っても返事の一つもなく、メールがダメなら、と何度も慣れない手紙を書いて送りもしたが、返事はまだ一通も来ない。
『お知らせします。次に三番線に参ります電車、ただいま豪雨の影響で、ふたつ前の駅にて一時運転を見合わせております。お客様には大変ご迷惑を……』
ただでさえ聞きづらい掠れ声が、雨の音で更に途切れ途切れになっているアナウンスをどうにか聞き取り、羽川誠太郎は、深く息を吐いた。
梅雨にはやや早い、季節柄には珍しい豪雨は、誠太郎を自宅近くの閑散とした駅舎で足止めさせていた。小さな田舎町を通る唯一の路線の動きが鈍いのは今に始まったことではなく、誠太郎を除いて唯一の乗客である、ホーム角の椅子に座る女性も、慣れた様子だった。
こうなるといつ電車が来るかはわからない。かと言って雨の中外へ暇つぶしに行くのも馬鹿らしい。読みかけの本でも手をつけようか。と、誠太郎はカバンを漁り、時間を潰す手段を考え始めるが、まだ切手の貼られていない封筒が顔を覗かせ、彼の機嫌を急降下させた。
吐いた息を吸い直すように、湿った空気を肺に取り入れる。
何故手紙を送る労力は惜しまないのに、直接足を運ぼうとすらしてないのか。
自身の内から湧き出る疑問が、妻の、義父母の声で誠太郎を責める。
時間が出来れば今すぐにでも行くつもりだ。ただ誠太郎の所属する会社は今繁忙期の只中で、まとめた休みを取れる可能性が低い。第一、このご時世にノコノコと県を跨いで行くわけにはいかないだろう。
「そもそも事の発端はアイツの勘違いだ。頭が冷えれば、そのうち向こうから連絡が来る」
誰に語るでもなく呟くと、誠太郎は思考を遮ろうとするように、本に記された文字に集中し始めた。
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