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そんな親子の会話はたった10分で終わった。残された小泉の手には空っぽの箱が残されていて、結局小泉は自分は半分も食べずに全て娘に分け与え、最後に小遣いも渡した。
「おとうちゃん」
富永は呼んでみた。痙攣する肩が後ろを向いた時、小泉の顔は照れくさそうだった。
「関西弁なんですね」
会話の最初はそんなものだった。もっと賢い事を喋ろうと思っていたのに普通の疑問を投げつけてしまったことに富永は恥じた。小泉は富永のことを顔位しか知らないだろう。知っているかどうかも解らない。しかし知っていましたかと聞くのは野暮だ。何故ならこれこれこういうものですが、ああ、どうも、という自己紹介を先にやってしまったからだ。他に予定もあったのだけれど、富永は小泉を強引に近くの喫茶店に連れ込んだ。オフの日の小泉は単なるおっさんだった。いわゆる気が抜けている、という奴だ。
「出が大阪ですから。だけど郷に入っては郷に従えといいますからね。小泉さんはどちらで」
「私は横浜です」
「…ああ」
そして会話が終わってしまった。
どうも、妙な調子だ。
イメエジが違いすぎる。
小泉は下を向いていた。笑うでもなし、怒るでもなし、無表情なのかといえばそうでもない。はにかんでいる、のかもしれない。富永は腕を組む。
「…小泉さんは」
「はい」
「あんなことをさせられてつらかないですか」
「仕事でしょう」
「だけど断る権利はある」
「ありませんよ、私ら極道者は。上に言われりゃあ、返事はハイなんです。どんなに妙な事でもね、結局最後は命を落とすだけですからね。そう思えば楽でしょう。私はなんだってはい、と言いますよ」
「上に言われりゃなんでもするんですか」
「しますよ」
「娘さんに対してもですか」
「ふふ」
そこで小泉が笑った。富永は笑えなかった。代わりに背中に汗をかいた。
事細かに小泉の笑顔は表せまい。すこぶる壮絶な笑顔だった。
小泉は言った。
「富永さん、シュークリームの中にはね、何が詰まってると思いますか」
それから富永は小泉を見ていない。次の日に小泉は合田を日本刀で真っ二つにしたからだ。そして例の不埒な男を逃がした。合田は小泉に間抜けな警官の家族も東京湾に浮かべろと言ったのだ。はい、という返事の代わりに小泉は合田を斬った。なんだか平成の出来事のような気がしない。
富永は上に命じられて家族が住んでいたアパートに行った。
そこには見覚えのある空箱がぽつん、と捨ててあった。
拾って嗅ぐと、甘い香りがする。生クリームだとか、そんな匂いだ。
きっと、小泉がシュークリームを男に持たせてやったのだ。お父ちゃんに持たせてやったのだ。
数時間後小泉は事務所で果てていた。
腹を十字に切って喉をかっさばいていたらしい。
迷惑な話だ、と富永は思う。
そして理不尽だ、なにもかもが。
何かが痛む。
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