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第一幕 ~相談~
木目調の店内には心地よいジャズが流れ、豊かな珈琲の香りが充満していた。
喫茶店リーリエ。路地裏にある小さな店で、経営が成り立っているのが不思議なほどに客足は少ないが、天堂惣右介はこの店が気に入っていた。一日中入り浸っていることも珍しくない。
もっとも天堂が注文するのはマスター自慢の珈琲ではなく、決まってメロンソーダとスパゲッティミートソース。この日もそうだった。
「すみません。朝食がまだだったんで」
天堂は同席する女に顔を向け、申し訳なさそうに後頭部を掻いた。眼鏡越しに覗く糸のように細い目と、いつも緩んでいる口元の所為でヘラヘラしているように見えるが、これが天堂の普段の顔だ。
「気にしないで。時間を割いてもらったのは此方なんだから」
女はそう言って自分も珈琲を頼んだ。皺一つない紺のスーツに、しっかりと糊の利いた真っ白なシャツ。豊かな黒髪をアップにまとめた、才媛という言葉がよく似合う女だ。
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