第一幕 ~相談~

1/5
前へ
/57ページ
次へ

第一幕 ~相談~

 木目調の店内には心地よいジャズが流れ、豊かな珈琲の香りが充満していた。  喫茶店リーリエ。路地裏にある小さな店で、経営が成り立っているのが不思議なほどに客足は少ないが、天堂惣右介(てんどう そうすけ)はこの店が気に入っていた。一日中入り浸っていることも珍しくない。  もっとも天堂が注文するのはマスター自慢の珈琲ではなく、決まってメロンソーダとスパゲッティミートソース。この日もそうだった。 「すみません。朝食がまだだったんで」  天堂は同席する女に顔を向け、申し訳なさそうに後頭部を掻いた。眼鏡越しに覗く糸のように細い目と、いつも緩んでいる口元の所為でヘラヘラしているように見えるが、これが天堂の普段の顔だ。 「気にしないで。時間を割いてもらったのは此方なんだから」  女はそう言って自分も珈琲を頼んだ。皺一つない紺のスーツに、しっかりと糊の利いた真っ白なシャツ。豊かな黒髪をアップにまとめた、才媛という言葉がよく似合う女だ。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加