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律子は声を震わせた。
真島は薄々勘づいていたことではあったが、いざ聞くとなると、胸が苦しくなった。
期待と不安が入り混じった御祝儀袋を忍ばせた、内ポケットの下がジリジリと焼けるように痛む。
律子の彼は、アルバイトをしていたわけではなかった。仕事が多忙なわけでもなかった。
それを口実に、律子を避けていた。
疑わしく思った律子は、その後をつけて行った。
「もういい。わかった」
そこまで聞いて、真島は言葉を遮った。
しばらくの沈黙のあと、真島の諭すような声が律子の耳に届いた。
「まぁ、覚えておくことより、忘れることの方が難しいからな」
「……お母さんのこと?」
律子は顔をあげた。
「忘れようとすればするだけ、考えてしまうからな」
「なにそれ、励ましてるの? ……全然逆効果なんだけど」
少し不貞腐れた様子の律子に、真島は微笑みかけた。
「まぁ、辛かったら、いつでもこのタクシーを呼びなさい。その辛さは、誰よりも知っているから」
「……ありがとう」
「……そろそろ行くか」
走り出そうとした真島に、律子は「待って」と言った。
「もう一つ、言わないといけないことがあるの」
懐かしい表情だった。隠しごとを打ち明けるとき、律子は決まって目線を斜め下へと伏せる。
そんなとき、決まって真島の優しい声が問いかける。
「なんだ? 言ってごらん? 律子」
律子は意を決して口を開いた。
半年前、タクシーに乗り込んできた、本当の目的を告げなくてはならない。
「私ね……お父さんとバージンロードが歩きたかったの」
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