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新宿の朝
新宿の朝はいつも気怠い。
眩くも初々しい朝の陽が、爛れきった夜の残滓を容赦無く照らし出す。
つい数時間前までは妖しげに、そしてけばけばしく輝いていた夜の街の誘蛾灯といった趣の電飾看板も、脳天気なまでに爽やかな朝の光の中にあっては、安っぽくて古びたプラスチックの板の塊としか目に映らないもんだ。
その顔を無遠慮に歪めながら欠伸をしつつ駅へと向かう朝上がりのキャバ嬢達の様を見遣りながらそう思う。
あの女どもにしてみたところで、数時間前までは思わせぶりな会話を弄して下心だらけの男達を惑わせ、金を搾り取っていたのだろう。
宵闇の中に輝く、安っぽくて思わせぶりな灯の下で。
この街の夜と朝、それはどうしてこんなにも相容れないのだろうかと時折考え込んでしまう。
俺はホストだ。
勤めているホストクラブ『ウマ息子ブリプリ運動会』にて最後の客を送り出し、売り上げの精算や酒屋等への発注を終え、そして清掃などの残務をNo.2のヤスシへと任せ、やっとのことで朝の街へと解放された。
朝の陽の輝き、それは徹夜明けの目には眩すぎる。
けれども、朝の空気の溌剌さは悪くはない。
臓腑に滞るアルコールの残滓、肌に纏わり付くキャバ嬢たちが付けていた安香水の匂い、そしてババアの客どもから投げかけられたネットリするような熱視線の気持ち悪さ。
夜の中で俺に絡み付いた諸々の不浄なもの、それらが朝の清々しい空気の中で浄化されていくような心持ちだった。
ふと空腹を覚えた俺は、ゴールデン街にある二十四時間営業の煮干しラーメンの店に行こうかと、先程一緒に店を出た新人ホストのサトシへと声を掛る。
サトシは営業時と同じようなテンションで「ハイ、お願いします!!!」と、それはもう、俺まで唾が吐きかからんばりの勢いで返事をしてくる。
もちっと静かにしてろとサトシを軽くドヤし付ける俺。
「済みません!」と、先程と何ら変わらぬテンションで返事を返すサトシ。
あぁ、バカだコイツと思った俺は、もう何も言わずにゴールデン街へと向かう足を速める。
その時だった。
強烈な殺気が凄まじい速さで俺たちに迫ってくるのを感じた。
殺意が迫り来る方向、それは上のほうだった。
俺は咄嗟に叫ぶ。
「サトシ、逃げろぉっ!!!」
そして、俺は反射的にその場を飛び退く。
飛び退いた俺のその背後で、「ザンッ!」という何かを一気呵成に切り裂く音、それに続いて断末魔のようなサトシの絶叫が響き渡る。
俺は慌てて振り向く。
とてつもなく不吉な予感を抱きながら。
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