12人が本棚に入れています
本棚に追加
砕け散った夢と希望
そこには、頭からものの見事に体を真っ二つに切り裂かれて血の海にその身を横たえるサトシ、そして、血に染まったビニール傘を俺の方へと青眼に構えるメガネブスの姿があった。
そのメガネブスは、まさにメガネブスだった。
歳のころは二十から八十といったところだろうか。
洗髪の際にリンスなど全く使っていないと思えるほど、その髪の毛は荒れきっていた。キューティクルなど存在しない星からやって来た、そのように思える程に。
そのカマキリのような顔にかかる黒縁メガネ、それは異様に大きく、パーティーグッズのように大袈裟だった。
そして、その不釣り合いさは、漲るブスさをより一層引き立てていた。
体つきも締まりというものが全く無い。
豚だ。
もうアレだ、すごいブスだ。
服装も珍妙極まりなかった。
そのメガネブスの動きは苛烈そのものだった。
猿の如き雄叫びを上げつつ、血の滴るビニール傘を振り翳し、俺との距離を一気に詰めてくる。
そして、構えたそのビニール傘を凄まじい勢いで俺に目がけて振り下ろす。
俺はたまたま左手に携えていた長曽根虎徹の鞘を咄嗟に払い、その刀身でメガネブスのビニール傘を発止と受け止める。
「ガギーン!」という金属音が、寝ぼけたような朝の歌舞伎町へと響き渡る。
ビニール傘の纏っていた血の滴が俺の顔へと降り掛かる。
真上付近の電線に止まっていた数羽のカラスが、慌てふためいたように飛び立っていく。
バサバサと、その羽音を響かせながら。
メガネブスのブス圧、歯軋り、そして鼻息とを間近で感じる。
吉○屋の納豆のような臭いがした。
メガネブスと鍔迫り合いを繰り広げながら俺は思う。
危なかった。
実に、実に危なかった。
昨日は俺の誕生日だったのだが、俺の太客である栃木の名家のババア(佳枝:五十六歳、持病:椎間板ヘルニア)から誕生プレゼントとして貰った、この長曽根虎徹が無ければ、俺もサトシの後を追っていたことだろう。
心の中にて今日の始発で栃木に戻りつつある佳枝に手を合わせる(譲渡に伴う銃刀法上の書類手続きも佳枝が既に済ませてくれていて、この長曽根虎徹は法律上も俺のものだ。それも含めての感謝だ)。
そして思う。
このメガネブス、相当な手練れだと。
ダイ○ーにて110円で買ったようなビニール傘で、虎徹を手にしたこの俺と互角、いや、それ以上に渡り合えるとは只者ではない。
『大魔王はナイフ一本握ったって強くなる』といった諺があるが、まさにそういうことなのだろう。
気後れしかけた自分を奮い起こすかのように、両の腕へと力を込め、アスファルトを両脚で踏みしめ、裂帛の気合いとともにメガネブスを一気に押し離す。
そして、俺とメガネブスは、虎徹とビニール傘とを幾度となく撃ち合わせる。
目にも止まらぬ剣戟は音を置き去りにするかの如く空気を切り裂き、激突し合う刀身とビニール傘からは、鋭い金属音と共に火花が迸り出る。
刹那、撃ち合った後、俺とメガネブスは一旦距離を取る。
俺は、血の海の中に倒れ伏したサトシの元へと駆け寄る。
右手で虎徹を構え、メガネブスの動きを抑えるように奴にその切っ先を油断なく向けながら、片膝を着いて左腕でサトシを抱き起こす。
抱き起こしたサトシ、その切断面から血潮が滝のようにドクドクと流れ出る。
脳梁を境に真っ二つにされたサトシの脳、断面からこぼれ落ちるサトシの臓腑、見事なまでに両断されたサトシの脊椎、それらの無惨な様が俺の目に飛び込んでくる。
即死こそ免れたものの、おそらく、もう長くはないだろう。
申し訳無い、俺がほんの僅かでも早く、あのメガネブスの殺気に気が付いていれば。
頭のてっぺんから股間まで、真っ二つに両断されたサトシの姿を見ながら、俺は心の中で臍を噛む。
「サトシ、大丈夫か!」
俺はサトシに語り掛ける。
サトシはゼイゼイと荒く息を吐きながら、弱々しげに返事をする。
「アニキ・・・オレ・・・
No.1取りたかったです・・・。」
それが、サトシがこの世に遺した最期の言葉だった。
最初のコメントを投稿しよう!