12人が本棚に入れています
本棚に追加
『新影流ホスト剣術最終奥義・ゴールデンボンバー』
俺は電柱の根元に崩れ落ちるようにしてへたり込む。
ぼやけかけた俺の視界は、うっすらと朱い色に染まっていた。
胸の奥から何かが込み上げて来る。
俺は反射的に左の掌で口元を覆う。
そう、俺がまだホストとして新入りだった頃、毎晩のように修行と称して酒を呑まされていた頃、込み上げる吐き気をこうして堪えたもんだ。
無意識のうちに俺は咳き込んでいた。
口を押さえた左の掌が、生暖かく、そしてドロリとしたものを受け止める。
俺は左手を口元から離し、そして見遣る。
左の掌は、真っ赤に染まっていた。
またも胸の奥から衝動が込み上げる。
左の掌で覆う暇も無く、胸の奥から込み上げてきたものが口から迸り出る。
俺の胸元が、俺の足元が朱に染まる。
どうやら、メガネブスの先程の突きで、左肺をやられたようだ。
それも相当に酷く。
いや、不幸中の幸いと言うべきだろう。
俺の左胸、メガネブスの突きが直撃した箇所に、俺はスマホを収めていた。
俺のスマホケースは、こんなこともあろうかと特別の耐弾仕様になっている。
チタン合金とセラミック、そしてカーボンナノチューブから成る炭素繊維とを組み合わせた俺のスマホケースは戦車の装甲板並み、いや、それ以上の耐弾性を有している。
米空軍が有している対地攻撃機・A-10サンダーボルトⅡのGAU-8(7銃身30mmガトリング砲)から放たれる30mm弾の直撃を受けても貫通することはないと言われている。
そう、確かに俺のスマホケースは、メガネブスの突きに貫かれることはなかった。
もし仮にだが、メガネブスが俺の頭を狙ったら、俺の頭はスイカ割りのスイカのように、脳味噌をぶちまけながら弾け飛んでいただろう。
もし仮にメガネブスが俺の腹に突きをお見舞いしてきたら、俺の体は突きのその衝撃で、上下に真っ二つにされていただろう。
スマホケースを介して伝わってきたその突きの衝撃で左肺がやられたとは言え、辛うじて命を長らえたことは不幸中の幸いといったものだろう。
しかし、相当なダメージであることは間違い無い。
メガネブスがゆっくりと歩み寄ってくる。
次の一撃で俺に引導を渡す積もりだろう。
くそ!
俺は自分自身が負ったダメージを瞬時に分析・評価する。
以下、損傷部位及びその程度の一覧になる。
1 頭部
電柱に打ち付けたことによる後頭部の裂傷
2 目
メガネブス・ビームの着弾による爆風を
受けたことによる網膜の損傷
3 耳
メガネブス・ビームの着弾による衝撃波
を受けたことによる右耳の鼓膜の損傷
4 肺
メガネブスの突きの衝撃による左肺損傷
(52%が機能喪失)
損傷部位からの出血による肺内の浸潤及び
空気交換能率の低下
5 気管支
メガネブス・ビームの着弾による爆風
を吸い込んだことで気管支内壁の一部に熱傷
呼吸の際に激痛を感じる事あり。
6 肋骨
左胸の肋骨については全て粉砕骨折
右胸の肋骨については3本にヒビが入る。
7 脊椎
電柱への激突により
第3、第5頸椎にヒビが入る。
8 背中全体
パチンコ屋のシャッター及び電柱に
打ち付けられたことによる、
広背筋等の打撲及び筋肉の断裂
9 足
電柱に叩き付けられたのは
地上3mほどの高さだった。
そこから地面に落ちた際、着地が
上手くいかずに左足首を捻挫し、
右の股関節にもダメージ
思ったよりも随分と体の状態は酷いようだ。
何より、肺をやられたのが応えている。
呼吸すらままならない。
俺には最早、
まともに闘う力は殆ど残されていないようだ。
全力での撃ち込みも、
精々あと1回といったところだろう。
ならば、残り1回のその撃ち込みに、
俺の全てを賭けるしかない。
俺の持つ、最高の奥義のその一閃に。
その奥義の名こそ…
『新影流ホスト剣術最終奥義・ゴールデンボンバー』
それは、新宿のホスト達が心に宿す女々しさと金銭欲と心狭さを刃に託し、神速の斬撃と共にぶっ放す最終奥義だ。
相手は死ぬ。
俺は思う。
強く思う。
あのブスメガネ、殺す。
絶対に、殺す。
真っ二つに切り裂かれ、そして、メガネブス・ビームでその夢もろとも儚く灼き尽くされて死んでいったヨシオのためにも、殺す。
この身を鬼に食わせてでも、殺す。
俺はユラリと立ち上がる。
そして、長曽根虎徹を霞に構える。
アドレナリンが体中を駆け巡る。
痛めつけられた全身の筋肉、そして筋に力が漲る。
耐えてくれ、俺の体よ。
俺の命がこの一撃を放つことで燃え尽きたとしても
一向に構わない。
メガネブスが歩みを止める。
奴は気が付いたのだろう。
俺の構えに、そして、漲る気迫に。
そして、迂闊な動きをしたならば、
その次の刹那、メガネブスの豚のようなその体は、
『新影流ホスト剣術最終奥義・ゴールデンボンバー』
によって、微塵に切り裂かれることに。
だが、残念だったな、メガネブスよ。
お前は既に、この
『新影流ホスト剣術最終奥義・ゴールデンボンバー』
の間合いの内に捉えられているのだ。
俺の目には見える。
このメガネブスが惨めで哀れな断末魔と共に、
その忌々しいブス黒縁メガネもろともに
真っ二つとなり、
そして、その次の刹那には、
音速を超えるが如き
斬撃の空力加熱によって瞬時に炎上し、
その骨の一片すら、
そのDNAの欠片すら、
そのブス黒縁メガネのツルすら
残さずに灰燼と帰する結末が。
哀れなりメガネブス。
お前はもう、死んでいる。
そして、俺もこの一撃を放って力尽きるだろう。
ヨシオよ。
今、会いに逝きます。
最初のコメントを投稿しよう!