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Ⅱ
「ミドリコ、このあとヒマ? カラオケどう?」
「えー、誰が来んの?」
「うちらとアキトとタイガと……、あ、あと、ミドリコが来るならジュンペーも来るかも!」
「ジュンペー? えぇー、ナイわー」
「やば、うけるー!」
中学三年生の、夏の終わり。わたしは、まちがいなく無敵だった。
クラスの目立つ子グループに入っていたし、周りの子よりも高い身長と、周りの子よりも早く覚えたアイラインの引き方。勉強も部活もソツなくこなして、推薦がもらえそうだからと、そこそこの私立を受けようと思っていた頃だった。
本気になれば、なんでもできるし、なんにでもなれると思っていた。
だけど、本気でなににも打ち込んでこなかった。だって、それ、ださいじゃん。
結局カラオケはやっぱり乗り気がしなくって、適当に理由をつけて途中でみんなと別れた。ふだん通らない川沿いの一本道を、家まで急ぐ。
すると、わたしの耳が、シャボン玉のようにふわふわとただようメロディをとらえた。
……この曲、昔、お父さんと聞いたことがあるような。
そう思うと、なんとなくそのメロディに向かって、足が向き始めた。音が徐々に大きくなるにつれ、うちの中学の制服を着た男子が、土手でラッパを演奏しているのが見えた。
……あれ? あいつって、たぶん……。
気づかれないぎりぎりまで近づいて、彼の顔を見る。あ、やっぱり、同じクラスの相良だ。
彼の奏でる音色は、まるで石切りをするかのように、夕焼けに染まりかけた川面を美しくすべって水の中に溶け込んでいく。小さい頃、お父さんが集めていたレコードを流してもらったのを思い出して、胸の奥がじんとあったかくなる。
気づいたら、つい、聞き入ってしまっていた。わたしに気づかない相良は、目を閉じて、気持ちよさそうに演奏に集中している。
相良のラッパが、最後の一音を奏でた。そのシャボン玉のうずがきれいにくるくると回って、わたしの前ではじけたとき、いてもたってもいられなくなって、わたしは思わず拍手をする。
白いシャツを着た背中が、びくりと震えた。
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