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 それからの帰り道、わたしはたまに遠回りして、学校の裏にある河原を通るようになった。  相良(さがら)もまた、いたりいなかったりした。不思議なもので、クラスでは一切喋ることはなかったから、約束をするわけでもなかった。  彼の演奏は、日によって、季節によって、色をどんどん変えていく。  ある日は青空を突き抜けるように、またある日は川の流れを凪がせてしまうように。  彼のように演奏してみたくなって、一度、取引をもちかけたことがある。 「ねぇ。わたしにもラッパ、教えてよ」 「ラッパじゃなくてトランペットだから、ダメ」 「えー、ケチ。今日は賄賂を用意したというのに」 「賄賂?」  わたしはポッケから缶コーヒーを二本取り出した。そのうちの一本を、彼に渡す。 「はい、あげる」 「あ、ありがと……」  そう言って、ふたりでプルタブに指を引っかける。そろそろホットが沁みる季節になってきたなぁ。そうしみじみコーヒーを口にすると、隣で相良(さがら)が飛び上がった。 「あっつぅ! てかニッガぁ!」  自販の缶コーヒーでその反応って、どれだけ猫舌なんだ。ていうか、苦いのもだめか。  彼にとっての二重苦を図らずも差し入れにしてしまったわたしは、自分のリサーチ不足に、少しへこんだ。 そんなわたしに気を遣ってか、相良(さがら)は、すこしぶっきらぼうに左手をわたしに伸ばしてくる。 「……なに、これ」 「マウスピース。まずはこれが吹けるようにならなくちゃ。はい」  そう言って渡されたのは、小さな、金色の部品だった。
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