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Ⅲ
それからの帰り道、わたしはたまに遠回りして、学校の裏にある河原を通るようになった。
相良もまた、いたりいなかったりした。不思議なもので、クラスでは一切喋ることはなかったから、約束をするわけでもなかった。
彼の演奏は、日によって、季節によって、色をどんどん変えていく。
ある日は青空を突き抜けるように、またある日は川の流れを凪がせてしまうように。
彼のように演奏してみたくなって、一度、取引をもちかけたことがある。
「ねぇ。わたしにもラッパ、教えてよ」
「ラッパじゃなくてトランペットだから、ダメ」
「えー、ケチ。今日は賄賂を用意したというのに」
「賄賂?」
わたしはポッケから缶コーヒーを二本取り出した。そのうちの一本を、彼に渡す。
「はい、あげる」
「あ、ありがと……」
そう言って、ふたりでプルタブに指を引っかける。そろそろホットが沁みる季節になってきたなぁ。そうしみじみコーヒーを口にすると、隣で相良が飛び上がった。
「あっつぅ! てかニッガぁ!」
自販の缶コーヒーでその反応って、どれだけ猫舌なんだ。ていうか、苦いのもだめか。
彼にとっての二重苦を図らずも差し入れにしてしまったわたしは、自分のリサーチ不足に、少しへこんだ。
そんなわたしに気を遣ってか、相良は、すこしぶっきらぼうに左手をわたしに伸ばしてくる。
「……なに、これ」
「マウスピース。まずはこれが吹けるようにならなくちゃ。はい」
そう言って渡されたのは、小さな、金色の部品だった。
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