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相良は「まぁ、西原さんがよければ」なんて呟いて、わたしが返した方を自分のトランペットにつけた。
「今日は、なににしますか」
いつもよりぶっきらぼうに、相良がわたしに聞いてくる。
わたしもまた、あんまり相良の顔が見られないまま、ぼそりと「いつもの」と呟く。
すると彼は、「西原さんは、この曲がほんとに好きだなぁ」なんて笑ってから、あの曲、『青春の輝き』を吹き始めた。
目を閉じると、風が、うたう。川のせせらぎや草の葉擦れをパーカッションにして、金色のメロディが、わたしの耳に、胸に、あふれてより一層輝きを増す。
おもむろに、目を開けた。奥にはオレンジの夕日、そして、まるで生きていて、吹かれることを喜んでいるかのように輝いている彼のトランペットと、楽しくてたまらないといった表情で気持ちよさそうに曲を奏でる相良。
……あぁ、だめだなぁ。わたし、この横顔が、たまらなく好きだ。
そう思うと、さっきのマウスピースに当たる唇がつい気になって、ぱっと目線を逸らしてしまった。彼の演奏が終わって、わたしは恥ずかしまぎれに相良に尋ねる。
「相良は、プロにはならないの?」
相良はちょっと困った様子だった。
「プロは、正直厳しいと思ってる。西原さんはすごいって言ってくれるけど、ぼくなんか全然だから。……でも」
そう言って、相良はわたしの方に向き直った。
「西原さんのお陰で、やっぱり、ぼくは音楽が好きだなって実感した。
将来は、音楽に関わる仕事がしたいと思った」
力強い相良のその言葉に、わたしは、大きく頷く。
「絶対なれるよ、相良なら!
大丈夫、わたし、カンだけはいいんだ」
「……ありがとう。よくわかんないけど、西原さんのカン、心強いよ」
夕焼けのオレンジ色をバックにして、照れくさそうに笑う相良。それから、冷ましていた缶コーヒーを口にして、「冷めたけど、やっぱ苦い……」と、顔をしかかめている。ころころと変わる表情に、なんだか、また心がざわめいて。
……そういえば、マウスピース、壊れてなかったのか。
そんなどうでもいいことを必死に考えて、わたしは、あふれだしそうな思いをなんとか胸のうちに留めていた。
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