プロローグ

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「さくら!」  病院だということをすっかり忘れていた。  ナースステーション前の病室ということもあり、看護師さんが飛んで来てしまった。 「すみません、興奮しすぎてました」 「いえいえ、びっくりしてつい」  慣れた様子ではあっても、やはりいきなり人が叫ぶと驚くのは仕方ない。  何度も謝罪し、今度は静かに部屋の中へ入った。  そこにはベッドに眠る小さな人。 「さくら……?」  私が知ってるさくらはもう少し、いやもっとふっくらしていて、笑顔の可愛い子だったはず。  そこに眠っているのは、何本もの点滴が腕に繋がる骨と皮だけになった人。 「さくら」  眠っているのか眠らされているのか。  虫の息ほど小さな息づかいで布団に沈みこんでいる。 「さくら」  その光景がだんだん辛くなってきて、無意識にボロボロ涙をこぼしていた。 「さくら」 「……美姫……ちゃん?」 「さくら!?」  確かに声がした。  それは今にも消えてしまいそうなほど小さなものだけど、確かに私の名前を呼んだ。 「さくら! どうしちゃったの」  嗚咽まで漏らしながら、それでも必死に声を絞り出す。  そんな私が見えているのかどうなのか、目を閉じたままの彼女は、うっすらと笑顔をうかべたような気がして、頬が痩けすぎた目元から、ぽとりと雫が落ちた。 「ごめん……ね。私、死ねなかった……」 「死ぬなんて……しっ死ぬ、なんてね! 私が許さないんだから!」  中の様子がいつでも見られるように、扉は開けっ放しにしててくださいと、部屋に入る前に看護師から言われていた。  だけど何故だが、ちらっと様子を見に来たあと、ゆっくりと扉が閉められた。 「ごめん……本当にごめん」 「生きててよかった……もう……本当に良かった」  縋るようにしておいおい泣く私の頭に、軽い何かが乗せられる。  慌てて顔を上げると、それはさくらの細すぎる手。 「こんなになるまで、なんで話してくれなかったの」 「ごめん……ね」  彼女の目から溢れはじめるたくさんの雫。  もう雫とは言えないそれは、沈ませていた枕をしっかりと濡らし広げていく。
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