最後の立会人

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「本当に覚えてるんですか? 彼女のこと」  ガラス越しに向かい合っている男に、僕は問う。半信半疑だというのうが伝わったのか、血走った目が僕を睨んだ。  上下灰色のスウェットを着た男は、最初に見たときよりも頬がやつれている。年齢は二十八らしいが、もっと上に見えた。 「覚えてますよ。そりゃあ、覚えてます。彼女は、前世で俺の恋人だったんですからね。それは間違いなく」  力強く言い切る男は、口端に唾が付いていた。  不快感に顔を顰めそうになるのをなんとか堪える。 「そうですか。それであなたは、彼女にその旨を伝えたと」 「そうなんです。そうなんですよ。それなのに彼女は、信じてくれなくて……信じられない気持ちは分からなくないんですよ。気持ちは――」  当たり前だろうと僕は、内心で呆れかえっていた。みんながみんな、前世を覚えていたら、この男のような人間が増えて世の中が正常に機能しなくなる。  それに前世を覚えている同士が出会う確率なんて、ケーキ屋でショートケーキが売っていないぐらいあり得ない。 「だから俺は教えたんです。ちゃんとですよ。全て教えたんです。俺たちが前世で恋人同士で、だけど親の反対があって……だから来世では結ばれようって、一緒に心中したことを――心中ですよ。無理心中。崖から海へ、俺と彼女は手を取りながら」  男の目は僕ではなく、宙を見ていた。恍惚とした表情が、なんとも気持ち悪い。こんなんだから、彼女にも嫌がられるのだろう。前世云々以前に、僕には男のその言動や見た目に彼女は嫌悪したように思えた。
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