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_俺に会えないのは寂しいか
懐かしい声と肩に触れる感触に一瞬思考が止まるが、それが彼では無いのだということを直ぐに思い出すと、あの日のように僕の身体が跳ね上がった。
反射的に警戒するように後ろを向く。
無意識のうちに息を止め視線を至る所へ巡らしてみても、彼の姿どころか、人の一人すらいなくて、鳥肌が立った。
黄昏時は一日の中で最も短く儚い時間だ。
何時からここに立っているだろうか、雲でよく見えないが、橙色の眩しい太陽が沈んでしまっている。
何だか気味が悪い、そう感じた僕は記憶のまま変わっていないその場所から歩き出した。
_また来年も来いよ
僕はその声には反応せず、大きな赤色の滑り台ともう閉まっているアイスクリームワゴンの横を通り、公園を出た。
鳥肌と震えが止まらない身体を抱くようにして、身体を摩る。自然と歩みも速くなる。
暗闇のせいか昼間とはまた違った雰囲気を醸し出している大通りには、何故か人が一人もいない。
昨晩から今日の午前中まで降っていた雨のせいだろうか、それともまた別の理由なのか、考えれば考えるほど、恐怖心は大きくなっていく。
曲がりたくない、曲がれば大通りから外れ、街灯の数が減る。
それでも兎に角安心出来る場所、つまり家に帰りたかった僕は何もないと自分に言い聞かせながら、右に曲がった。
その瞬間僕は声にならない叫び声をあげた。
それでも身体に力を入れ、全身に恐怖がめぐる前に、僕はそのまま前に走り出した。
何だあれ、とか怖いだとか危機的状況で考えても仕方のない言葉で頭がいっぱいになる。
街灯の数が減ったとはいえ、僕の目には何故か完全な黒しか映っていない。
仕方のない言葉でいっぱいだった頭は、目の前の完全な黒に意識が向いた。
人は死ぬ寸前、走馬灯を見るのだと言う。理解できない話では無い。
僕は右に曲がった瞬間もう死ぬのだと悟った。
今まで信じられなかったものがどうでも良くなるくらい、死んでしまうと思った。
けれど、今僕の目の前に映し出されるのは昔の色鮮やかな思い出ではなく、黒だ。
きっとこの黒は唯の黒なのだろう。
強い星の煌めきに充てられた宇宙の中の黒であるのなら、それはどんなに素敵であっただろう。
でもこれはそんな素敵な黒なんかじゃない。
「嫌だ」
そんな黒に取り憑かれて終わる人生なのなら、今だけきっと助けが来る期待をして、諦める前に、唯必死に感情のままに動いて終わりたい。
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