達磨絵

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生ぬるい風の頃合である。梅雨というのは苦手だ、あれは湿り気があるにもかかわらず、いやに喉が渇いて干上がりそうだ。気味の悪い季節だし、と言いながら藤堂は手ぬぐいで額の汗を拭った。戦後から随分と経ち、どうやら日本も復興の兆しが見えはじめた。職業軍人であった藤堂が警官になったのは5年前で、それ以前の記憶はどうも曖昧だ。曖昧にしてはいまだ夢をよく見る。上官にぶん殴られたことだとか、飯が非常にまずかったこと、異国の地でマラリアにかかってうんうん、と唸りながら歩くこともかなわない男を担いで前進した思い出。後はなんだかおぼろげになる。思い出したくないのかもしれない。 大柄な男である。屈強な体に見合った厳つい四角顔、麻の開襟に古着のズボン、履き潰した靴は下宿先の婆さんが臭いから玄関先に置いてくれるな、と喚いた代物だ。給料は安いが自分などまだいい身分であることは重々承知していたから文句を言ったことがない。近年数は減ったものの、ふと路地の奥を遠目に見れば足を失った男や片手の男が軍服をまとって地べたに座っている。その男達の前には、ヘルメットやら、木箱やら。乞食、と言うには悲しい男達だ。 藤堂は五体満足で体力はまだあるし、仕事があるだけいい方だ。路地の風景から、そっと目を伏せる。 どうにもこの季節は好きになれない。 体調も崩れやすくなる。夏はいい、からっと暑いのはいい。 じめじめとするのが嫌いなだけだ。 「先輩はどうも男気があるようで繊細なんですねえ、僕なんかは冬が苦手ですよ。安普請の我が家はまるで軒下なんだもの」 「繊細なんて女に使う言葉だぜ、冗談じゃねえや。ただ、…嫌なんだよ」 「ははあ」 道中の連れ合いが間抜けな笑い声を上げる。坊ちゃん刈りのすかした奴だ。池上という。藤堂よりもずっと若い。戦時中はオヤジのコネで免れましたといけしゃあしゃあと抜かす。彼はお偉いさんの子供だから軍人になったとしても結局は呑気に椅子に座っているだけだったろう。彼の家が安普請というのは本当だ。なにを思ってか豪奢な実家から抜け出して下町の長屋に住んでいる。その理由が女を気軽に連れ込めないから、という変わり者である。なんだかんだ言ってもどちらも根が真面目だから堅物と変人同士、仲良くやっていかれているのかもしれない。 神田川に女が浮いた。 ありきたりな事件だった。 【達磨絵】 女の名前は早田ミチと言う。書類を見れば20というから随分な早逝だと、藤堂は思った。生前の写真はないが遺体は死後まもないものだったので顔は拝めた。綺麗な顔だ。赤い襦袢を羽織っていたから情事のもつれか、悪い筋の客でも取って諍いが起きたか。そんな所だろう、というのが警察の見解だ。藤堂もそう思った。だが一応は捜査をしなくてはならないからこうやって出向いている。ミチの実家は上野にある。母はとうに他界し、今は父親と娘の二人だという。どうやら家出娘だったようで3年前に捜索願が出されていた。死因は鈍器による頭部陥没である。自死ではないから親もさぞがっくりとくるだろう。やりきれねえなあ、と思う藤堂を気遣ってかこういう時、犬顔の相棒はよく絡む。なんでもないような顔で軽口を叩く。それが時にはありがたくて、時に、うざったい。
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