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 颯太は首を傾げた。 「家の人、迎えに来ないの?」 「うん。おとうさんもおかあさんも仕事だし」 「そっか。何の仕事だっけ?」 「旅館で働いてるんだ」  ぼくの町は山間にある。海はないけれど、渓流がある。その川沿いに温泉街があり、客の大半はその辺の山登りのついでに寄っていくみたいだった。ぼくの親はそこにある温泉旅館で働いている。  ぼくが生まれる前はかなりにぎわっていたみたいだけれど、今では休日でもない限り、温泉通りは閑散としている。  となり町は山を越えた向こう側にあって、となりと言う割にはめちゃくちゃ遠かった。去年の五月、兄ちゃんとサイクリングに行ったことがあるが、どれほどペダルを漕いでも、全然目的地に近づく気配がなかった。朝出発して、到着したのは昼過ぎだ。なにしろ坂道がきつい。林道をひたすら走って、時々車に追い越されて。下りは天国だけど、のぼりはじごくだ。  とにかく、テレビによく映る渋谷とか、大阪とかとは全然違う。まずこどもの数が少ないし、道端で会うのは腰の曲がったじいさんばあさんか、公園でマレットゴルフかゲートボールを楽しむ年寄りだ。公園の場所取りでぼくたち子どもは時々苦い思いをしているけれど、おばあさん達はたまに高級なおかしをくれるので許している。  同じ町に住んでいる同級生はみんな知り合いだし、友だちだ。その中でも颯太は特別、燦然とかがやいていた。  小一の頃は女子と見間違えるくらいかわいい面をしていたけれど、今あいつに「お前女子?」って声を掛けようものならば、多分そいつの人生は即終了だ。小一の時だって、同じような文句で颯太につっかかってきた上級生がいたけれど、校庭で金玉をけりとばされ、のたうち回っていたのをぼくは今でも忘れない。そう、女子なんて口うるさいだけのやつらより、颯太はよっぽど強くてすごい、かっこいいのだ。  そんな話題にことかかない颯太、大河ドラマとか、時代劇に出てくるような武家屋敷に住んでいた。ぴかぴかに磨かれた黒いリムジンで登下校していて、いつもスーツを着た大人を引き連れている。颯太はそれがうざいって言うけど、何て言うか、こどものくせに様になっている。それはきっと生まれ持ってのものなのだろう。十二才でこれなんだから、将来は一体どうなることか。  完全に別世界のやつだけど、およそ、お上品とは言えない。理科の実験で蛙の解剖をしたとき、こいつは蛙の尻にストローを突っ込んで、息を吹き込んで破裂させた。一緒の班だった女子は、信じられないものを見たっていう風にぽかんと口を開けて、「今の、気のせいだよね?」って何度もぼくに同意を求めてきたけれど、残念ながら気のせいなんかじゃない。  ――まあ、あれだ。色んな意味で住んでいる世界が違うのだ。  颯太が登場するだけで女子は騒ぐし、誕生日になると机の上はプレゼントの山が出来あがる。多分、女子に「誰か好きなやついる?」って質問をすれば、十中八九、大賀美颯太だと答えるだろう。
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