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 卒業した上級生だって、颯太には一目置いていた。兄ちゃんも姉ちゃんも、颯太くんはすごいって口をそろえて言う。先生も、「あいつには、かがやきがある」ってよく褒めるし、実際颯太は頭もいいし、何をやらせても一番だった。本当は児童会長に推薦されたのに、「めんどくせえから、やらねえ」ってにべもなく断った。  あいつは周囲の空気に流されるとか、そういうところが一切ない。気持ちいいくらいはっきりしているのだ。  颯太が一度決めたら、くつがえすことなんて誰にもできない。担任でも無理。  結局、児童会長は町一番のガキ大将を自称する中田になった。なんていうか、予想通りだ。中田はいつも颯太と張り合おうとするのだ。でもって颯太の方は、あんまり相手にしていない。  みんな颯太と仲良くしたいけど、どこか尖っていて、近寄りがたい雰囲気がある。だから、颯太とつるむのは一部の男子だけだった。  クラスでも取り分け目立つグループ、その頂点に颯太は存在している。次元が違う――平々凡々なぼくは、遠目からそう思っていた。一緒に行動するには気後れしてしまう。あいつは時々、目が笑ってないのだ。つるんでる奴らに囲まれている時、冷たい顔をしていることがある。そういう、何を考えているのか分からない、得体の知れないところがあった。ぼく以外に気付いているひとがいるかどうか知らないが、空気がぱりっとして、凍りそうな瞬間がたびたびあった。  そういうわけで、一方的にすごいなと感じているが、颯太からすれば、六年間同じ教室で過ごしただけの、クラスメイトにすぎないだろう。卒業して中学生になれば、きっと繋がりも――いや、ぼくがいたことも忘れられてしまうかもしれない。  しばらく黙り込んでいた颯太は、何かひらめいたと言わんばかりに両手をぽんと叩いて、にっと歯を見せて笑った。 「そうだ、これからうちのものが迎えに来るから、一緒に帰ろうぜ」  ぼくは一瞬、何を言われているのか分からなかった。  声が掻き消されるくらいの土砂降りの中で、聞き間違えたのだと、そう思った。  面食らって返事もできないでいると、颯太は少し苛立ったように続ける。 「だから、家まで送ってやるって言ってんの。お前んち、おれんちからそう離れてないから」  さすがは坊っちゃんだ。普段つるまない奴にまで声をかけてくれるなんて、心が広い。これはお言葉に甘えるべきなのでは――そう思ったが、車内にはぼくと颯太の他にも、大人が乗っているはずだ。それは絶対に気まずい。颯太とふたりならともなく、見ず知らずの黒服サングラスのおにいさん達に囲まれるなんて、肩身が狭すぎる。颯太とさえ、なにを話せばいいのか分からなくなる時があるのに。  あれこれ考えてから、ぼくは答えた。 「ありがとう、颯太くん。でも、今日は大丈夫。どうせいつもみたいに、すぐ止むもん」 「……お前って、やっぱ変わってんな。ほかのやつらだったら、よろこんで車に乗り込むのに。本当に何考えてんのか、さっぱり分かんねえ」 「なんだよ、坊っちゃんのとなりに座るなんて、おそれおおいじゃん。それだけだよ」  からかうように言うと、颯太は口をひん曲げた。  颯太は、坊っちゃんと呼ばれるのが大嫌いなのだ。 「じゃあまた明日な」  颯太に手を振って別れると、雨の勢いが増したような気がした。  ――それが、ぼくと颯太の最後のあいさつだった。
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