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     ぼくの住んでいる町には、変わったルールがある。  曰く、大賀美(おおかみ)家の許可なく、犬を飼ってはならない。  何でそんな変なルールがあるんだろうと不思議で仕方ない。けど、疑問を口にすると変な目で見られる。理由も分からず従ってる方がよっぽど変だと思うが、それを言うと、こどもが知ったような口をきくなって怒られるのだ。  この、へんてこルールには続きがある。  外来種は町に入れてはならないし、この町にいる犬と交雑させてはならない。  子どもの頃からうんざりする程言い聞かされてきたことだし、おとなが口をそろえて言うことだから、それだけは絶対守らないといけない。  一切外に出さず、内緒で飼えば問題ないと考え、室内でプードルを飼おうとした先人――生まれはこの町ではなく、外から引っ越してきた人のようだ――がいたようだが、即、露見したらしい。結局その人は町にいられなくなって、出て行ってしまった。どうやって調べているのか定かではないが、大賀美一族は町のことを全部把握しているのだ。  とにかく、あの一族の言うことには、だれも逆らわない。家ではいばり散らしてるじいさんも、隣の頑固ばばあも、大賀美様のお言葉は絶対じゃ、と言ってはばからない。  多分、この町のおとなからすれば、大賀美家の当主は総理大臣よりすごい。法律よりも強い力でぼくたちを縛っているんだと思う。  昇降口の外では、叩きつけるような、横殴りの雨が降っていた。  校庭の銀杏の木が大きくしなって、雨風が吹き付けるたびにざあざあと鳴いた。  地面はぐしゃぐしゃだ。水たまりの泥水が、校門に続く坂を下っていく。  五月に入ってから、ずっとこんな調子。梅雨入りにはまだ早いはずだが、雨の日が続いている。天気予報では連日晴れだと言っていたのに、全然あてにならない。  なんか、変な感じだ。  もし兄ちゃんか姉ちゃんが先に帰っていれば、洗濯物を取り入れてくれているだろうけど、きっと今日も一番に帰るのはぼくだ。  両親は仕事で遅くなる。高校生の兄ちゃんは部活と勉強で忙しいし、姉ちゃんも友達とカラオケにいくとか言っていた気がする。「どうせ、アキラは暇でしょ?」って、姉ちゃんは口癖のように言う。  くそ、小学生をなめんなよ。  五年生が沢蟹(さわがに)を飼ってみたいっていうから捕まえる約束をしているし、ウサギ小屋のそうじ当番だって回ってくる。卒業文集の内容を考えないといけないし、クラスのアルバム作りもそろそろ始めないといけないのだ。  そうだ、六年生にもなれば、色々と忙しいんだから。来年はもう中学生なんだから。  その日も、児童会があって遅くなった。いつもは明るいうちに帰って、ランドセルを置いたらすぐ公園に集合するのに、今日はそういう訳にはいかなかった。  空は不気味なくらいうす暗い。シュンもケントも先に帰った。学校に残っているのは、先生達と、各委員会の委員長くらいだろう。――ぼくを含めた数人の。  靴を履いていると、図書委員長の大賀美颯太(おおかみそうた)が廊下をぱたぱたと走ってきた。ぼくと目が合うと、何を思ってか一瞬表情を消し、それから何事もなかったかのようにたずねた。 「……アキラ、ここで何してんの? 帰んないの?」 「うん、今帰るところ」  話しかけられて、正直びっくりしていた。  だって、颯太はこの町一番の坊っちゃんで、いつもクラスの中心にいる。どちらかと言えばもの静かなぼくとは違うのだ。仲が悪いわけではないが、とびぬけて良くもない。
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