第16話 衝撃の判定

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第16話 衝撃の判定

 時は三か月前に遡る。  私が自販機側のベンチで居眠りしていた日の翌朝……相変わらず頭の中に靄が掛かったような奇妙な感覚のまま美沙と暦と連れだって通学路を歩く。  自分が何故あんなところに居たのか、何故眠ってしまっていたのか未だに思い出せないでいる。  その事ばかり考えていて私の前で二人が楽しそうに会話をしている内容が私の耳には全く入って来ない。 「……なんだけど、真紀はどう思う?」 「えっ?」  いきなり美沙に話しを振られきょとんとする私。 「えっ? じゃないわよ、聞いてなかったの?」 「……ゴメン、ちょっと考え事してて」 「真紀っち、もしかして昨日の事を気にしているの?」 「……うん」  やっぱり暦には分かっちゃうか。 「気にしても仕方ないわよ? 幸い何事も無かった訳だし」 「それはそうだけど……」  美沙が言うように本当に何もなかったのだろうか?  気のせいか昨日から下腹の辺りに違和感がある、生理にはまだ早かったはずだけど。 「そう言えば昨日は真紀っち、園田君とデートだったわよね?」 「園……田……君?」  誰? 「ちょっとぉ、冗談キツイわ、あなたの彼氏でしょう?」 「そうそう、私から真紀を奪った(にっく)き男よ!!」  美沙の目つきが鋭くなり、握った拳を振るわせている。 「ああ、園田君ね……うん、一緒にヨネダに行ったよ」  そうだった、私と園田君は付き合っているんだっけ。  何とか思い出した。  でもどうしてこんな大事な事を度忘れしちゃったんだろう。 「じゃあデートの後あそこにいたってこと?」 「そっ、そうなるのかなぁ……」  腕を組んで考えるがやはり思い出せない。 「思い出せないんなら仕方ないでしょう、もう考えるのはおよしなさいな」 「そうだね、そうする」  考えたって仕方ないよね、私は美沙の提案に乗りこれ以上考えるのを止めた。  そうこうしている内に教室に着く。   「何だか騒がしいわね」  美沙を先頭に私達三人は教室の中に入ったのだが、明らかにいつもの朝の教室とは雰囲気が違う。  教室の前方に人だかりが出来ており、クラスメイト達が何やら騒いでいる。  女子の一部には泣いている者もいた。 「ちょっと、何があったの?」    美沙が手近に居た女子に声を掛ける。 「あっ!! 美沙、聞いてよ!! 園田君、転校しちゃったんだって!!」 「ええっ!?」  何ですって? 「ねぇ、早乙女さんは知ってたの!? 園田君が転校した事!!」 「いいえ、私も初耳だわ、昨日会った時には何も言ってなかったもの」 「嘘!! あなた園田君の彼女なんでしょう!? 知らない訳が無いわ!!」  女子たちに詰め寄られても答えようがない、本当に知らないのだから。  まさに寝耳に水だ、彼女であるはずの私ですら知らない事……それも転校という一大事なのに。 「おい騒がしいぞ、ホームルームだ席に着け」  担任の五十嵐が来た事で私は質問攻めから解放された。  皆、各々の席に着いていく。 「先生、園田君が転校したって本当なんですか?」  女子の一人が五十嵐に質問した。 「ああ本当だ、何でも急に海外に引っ越すことが決まったらしい……電話越しだがみんなにお別れが言えなかったのが残念だと言っていたよ」 「そんな……」  ざわめく教室内、五十嵐が必死になだめる。 「残念だが園田は既に日本を発ったそうだからもう連絡は取れない、そういう事で納得してくれ」  再び教室内がざわめく。  そんな理由で納得出来るはずがない、特に私は。  もし今日学校で彼と会ったら昨日の事を何か知らないか問い質すつもりだったのだから。  だけど五十嵐の言う通りもう連絡を取る手段は私には無い。  どうする事も出来ないのだ。  私は何ともやるせない気持ちを抱えたまま今日一日を過ごした。    翌日。  足取りが重い、いや重く感じる。  断片的に記憶喪失になっているというだけでも気が重いというのに園田君の事もあり更に暗い気持ちで登校する。  今日はいつもの二人と出くわさなかったので一人で来た。 「おはよう」  教室に入り挨拶する。  昨日とは打って変わっていつも通りの教室に戻っている。  私はホッと胸を撫でおろす、また何かおかしな事が起こっているんじゃないかと気が気じゃなかったからだ。 「真紀おはよう」  既に美沙は自分の席に着いていた。 「美沙、先に来てたんだね、今日は早いじゃない」 「日直だったのよ、朝になってから思い出して慌てて来たの、あなたに連絡する暇も無かったわ」 「もう、美沙ったら」  うん、いつもの日常だ。  いつものように他愛のない会話でも楽しみますか。 「昨日は驚いたよね、園田君が急に転校しちゃったりで」 「園田? 誰それ?」 「えっ? いやぁね、昨日の私の真似?」 「いやマジで……その園田って誰?」 「………」  困惑する美沙の表情は冗談や嘘を吐いている風では無かった。  これはまさか……。 「ほら、クラスの人気者でイケメンで、成績も良ければ運動神経も良いあの園田君よ!!」 「ぷっ!! なぁにそれ? 真紀の妄想? 理想の王子様?」  美沙は吹き出し、けたけたと笑い始めた。  何て失礼な、いや今はそんな事はどうでもいい。 「暦!! 園田君よ園田君!! あなたも好きだった園田君!!」  私は登校したての暦に詰めよる。 「えっ? えっ?」  暦もきょとんとしている、その様を見て更に美沙は大笑いするのだった。  そのあと、男女問わず複数のクラスメイトに聞き込みをしたが誰一人園田君の事を知っている者はいなかった。  これは一体どうなっているの?  結局この日もそのまま過ぎていく。  そして更に翌日。  いつもの通り三人で登校、昨日のテレビドラマや男性アイドルグループの話題に花を咲かせる。  うん、やっぱり何事も無いのが一番ね。  あれ? でも何か忘れているような……まぁいっか。  思い出せないという事は大したことでは無いのよきっと。  それから約三か月。  昼休み、三人で机をくっつけてお弁当タイム。 「うわっ……何そのレモンの輪切りの量……それ全部食べるの?」 「だって、最近物凄くすっぱいものが食べたいんだもの」  私はタッパーいっぱいにレモンのスライスを詰めて学校に持ってきていた。 「二人も食べる?」 「えっ遠慮します……」  暦はまだレモンを口に入れる前からすっぱそうな顔をして手を付きだす。 「そう? こんなに美味しいのに……」  レモンは取り合えず置いて今度はご飯を食べようと箸で口元にご飯を運ぶ。  その時お米の匂いが鼻腔に入ったその時だった。 「うっ……!!」  急な吐き気に襲われ私は口を押え走り出す。  トイレまでは間に合いそうにない、水飲み場へ行こう。   「げぇっ……!! かはっ……!!」 「ちょっと!! 大丈夫真紀!?」  流しに向かってえづく私の背中を追いかけて来た美沙がさすってくれた。 「ううっ……どうしちゃったんだろう……」 「顔色が悪いわよ、保健室に行きましょう」 「うん……」  私は二人に寄り添われて保健室に向かった」 「どう? 少しか調子は良くなった?」 「はい、ありがとうございました」  ベッドから顔を半分だけだし保険医の女性にお礼を言う。 「経緯を聞いているとちょっと気になる事があるのよね……ねえ早乙女さん、ちょっとこれを使ってみてくれない?」 「何ですかこれ?」    保険医から渡されたのは平たい一見体温計に似た物だ。 「知らない? 妊娠検査薬よ、ここにおしっこを垂らすと妊娠しているかどうかが分かるの」  それには小さく四角い窓が開いていて、保険医はそこを指さしながらそう言った。 「えっ!? そんなまさか!! 私が妊娠しているって言うんですか!?」  高校生ともなればそういった行為をしている者はクラスでも何人かいるのはみんな知っている事だ。  しかし私にはそんな相手もいなければそんな行為もしていない。  妊娠なんてありえないのだ。 「気持ちは分かるけどお願い、何も無ければそれでいいんだから、ねっ?」 「……分かりました」  私は渋々了承した。  そしてトイレでその検査薬にお小水を垂らし、保健室へと盛って帰る。 「この窓に線が浮かんだら陽性、妊娠しているって事、浮かばなかったら陰性、何事も無し、いいわね?」 「はい、でも線なんて出ていないですよ、どうやら大丈夫そうですね」 「これは結果が出るまで3~5分掛かるの、見てて」  二人して検査薬をじっと見つめる。  物凄い緊張感……ほんの5分がとても長く感じられる。 「あっ……」  窓に薄っすらと微かに線が浮かんでくる、そしてそれは徐々に濃くなっていく。 「……早乙女さん、あなた、妊娠しているわよ」 「そっ、そんな……」  頭から一気に血の気が引きよろよろと後ろへと後ずさっていく。  とうとうベッドに腰を落としそのままぱたりと倒れ込んでしまった。 「早乙女さん!! 大丈夫!? 早乙女さん!!」  すぐ近くから保険医に呼び掛けられているのにまるで水の中にでもいるのではないかと思う程声がくぐもって聞こえる。  私はショックのあまりそのまま気を失ったのだった。
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