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第1話 女子高生、俺。
『あなたは誰?』
母さん、何故そんな事を聞くの?
僕は僕だよ、有紀(ゆき)だよ……母さんの子供じゃないか。
『そう……じゃあ私は誰なの?』
えっ? そんなの決まってる、僕の母さんだよ。
早乙女真紀(さおとめまき)、母さんの名前じゃないか。
『ごめんなさい……今の事は忘れて頂戴……母さん、ちょっと疲れているのね』
眉をハの字にして困った顔で笑顔を浮かべる母さん。
どうしてそんなに悲しそうに笑うの?
如何にも不可解な母子の会話……この俺、早乙女有紀(さおとめゆき)が五歳ころに本当にあった俺と母さんとのやり取りだ。
幼いながらに心に相当衝撃を受けた出来事だったので今も鮮明に覚えている。
夢にも何度も見たこの光景、しかしこの夢、随分と久しぶりに見たものだ。
「早乙女さん!! 早乙女さん!! 起きなさい!!」
う~~~ん……うるさいな……今起きるよ……って誰の声だ? 聞いた事がない女の声だな。
俺は夢から覚醒する過程で身体の感触に違和感を覚える。
どうやら椅子に腰かけ机に突っ伏しているよだな。
確か葬式から家に帰って疲れてそのまま今のソファで寝てしまったはずなのに何故。
あれ? この感触は学校の机によく似ている気がするな。
いやよく似ているんじゃない、その物だ……どうして?
驚いて一気に瞼を開けると俺の前にはスーツに身を包んだ神経質そうな眼鏡の女性が仁王立ちしていた。
「早乙女さんいい度胸ね、私の授業がそんなにつまらないのかしら?」
その女性はえらくご立腹の様子だ。
授業? 前方の黒板を見ると俺の嫌いな数学の眩暈がするような公式がずらりと書き連ねられている。
じゃあこの女性は数学教師か?
でも俺の通う高校にこんな先生いたっけ?
「えーーーと……」
身体を起こし教室を見回してもクラスメイトに見知った顔が一人もいない……どうなっているんだ? 何が起こっているのか分からない。
混乱している俺の顔に何かが覆いかぶさって来る、髪の毛だ。
しかもかなりのロングヘアでサラサラだ。
俺の髪はいつからこんなに長くなった?
いや待てよ、さっき発した俺の声は妙に高くなかったか? まるで女の様に。
俺は有紀って名前がコンプレックスだった。
何故かって? それはお察しの通り女みたいな名前だからだよ。
この名前のせいでどれだけ揶揄われたか。
しかも悪い事に俺の容姿は背が低い事に加え母親に似て女顔だったのがさらに拍車をかけたのだ。
だから俺はかなり早い段階で一人称を『僕』から『俺』に変えた。
それは当然女に間違われない為と舐められない為だ。
五、六歳からそうだった気がする。
ふとそんな事が頭に中を過ったその時だった、髪を掻き分け胸元を見ると妙に前に突き出しているように見える。
しかも来ている服は何だ? 上半身は妙に丈の短い白い服だ、しかも着慣れない大きな襟が胸の中心から肩、背中に掛けて覆っている。
しかも太ももが、生足の太ももが見えるじゃないか、それにこの腰に巻いている布はスカート!? しかもミニのプリーツスカート!!
今俺が着ている服は学ランじゃない、まごう事無きセーラー服だ。
何で!? 何で俺が女装を!?
「ええええーーーーーっ!!?」
「さっ、早乙女さん……?」
女教師が俺の大声に驚きたじろいでいる。
クラスメイト達も同様に何かおかしなものを見るような目で俺を凝視している。
だがそんなこと知ったことではない、俺はいま自分に起こっていることが知りたいのだ。
たまたま俺の隣の席の女子が机の上に卓上の鑑を置いているのを発見する。
「ゴメン!! ちょっと貸して!!」
その女子の返事も聞かず俺は鏡をふんだくり自分の姿を映し、そして愕然とした。
「……これって、母さん……?」
そう、その姿は以前母親の真紀から見せてもらった昔のアルバムに写真のあった女子高生時代の母に瓜二つだったのだ。
「あっ、ありがと……」
震える声と手で鏡を持ち主に返すと俺は一気に身体の力が抜けた。
そのままストンと椅子に落ちるように座る。
「……ねえ、早乙女さん? 体調が悪いなら保健室に行ってはどう?」
先ほどの女教師が恐る恐る俺に話しかけて来る。
そうだな、このままここに居ても何ひとつ分からないんだ、体調不良という事にしておけば穏便にこの教室から出ることが出来る。
「はい……ちょっと行ってきます……」
俺は力なくとぼとぼと歩いて廊下を目指す。
「ちょっと、真紀大丈夫?」
一人の女子高生が俺に話しかけて来た。
やっぱり今の俺は母さんなんだな、この子が俺を真紀と呼んだことで確定したな。
あれ? この子、どこかで見たことがある気がする、気のせいか?
「うん、ちょっとね、行って来る……」
それっぽい言葉を発し俺は廊下に出た。
そして教室の札を確認した後一目散に走りだす。
悠長に保健室になんて行っていられるか!! 何で俺がこんな目に遭っているのか調べ上げてやる!!
「廊下を走っちゃダメだよ」
すれ違った初老の男性教師などお構いなしに俺はひた走り昇降口に向かった。
さっき教室の札を確認したのは俺の、母さんの下駄箱を見つけるためだ。
下駄箱で外靴に履き替えると俺は郊外へと出た。
目指すは真紀の実家、俺のばあちゃんの家だ。
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