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 (いにしえ)より、勇者と魔王は一対のものとして語られてきました。  勇者が現れるから魔王が現れるのか、魔王が産まれるから勇者が産まれるのか、光と闇のようなその因果関係はまだ解き明かされていません。  どちらにせよ、両者は常に同じ時代に現れ、常に闘い、そして時代から消えていったそうです。  幸いに、というべきなのでしょうか?私が産まれてからこれまで、勇者も魔王もこの世界にはいませんでした。  一週間ほど前、勇者様が異世界から転生してきたという話が王都で広がりました。お城の方では色々と騒動があったらしいですけど、私はご主人様が亡くなったことで忙しく、そんなことを気にしている余裕はなく、さっきまで完全に忘れていました。  勇者と魔王は一対のもの。  勇者が異世界からの転生者であるのなら、魔王もそうであっておかしくはありません。 「勇者だと!」  私に対する敵意を抑えるために話したのに、皆さんの殺気はどんどん膨れ上がっています。 「どんな奴だ」  ラオウ様が吠える音量でビリビリと震える空気に堪えながら答えます。 「存じません。噂で聞いただけで、お会いしたわけではありませんので」 「ジョージ、お前は王都に行っていたんだろう。どうしてこんな大事な話を知らないんだ」  矛先は執事さんに向かいました。執事さんはジョージって名前なんですね。 「人間界でメイドを募集するという前例がない困難な仕事をしていたのです。情報収集をする余裕はありませんでした」  今まで無表情だった執事さんが苦虫を噛み潰したような顔で答えます。  そっかー、執事さんが手続きに来たんですね。一見すごく真面目に見える執事さんが魔王様のメイドを募集して、家政婦(メイド)組合(ギルド)の担当者もびっくりしたでしょうね。 「はん。まぁどんな奴だって関係ねぇ。俺が叩きのめしてやる」  ラオウさんは気勢を上げているけど、なぜか魔王様はその様子をすごく憐れんだ目で見ています。  そんな「あ、これはすぐにやられるパターンだ」みたいな目で見てあげないでください! 「リン……メイドさん、勇者について他に知っている話はありませんか」  私はリンダって呼ばれるので良いんですけどね。 「はい。そう言えば、魔王を倒すために魔王の国へ旅立ったと聞きました」  魔王様を目の前にしてこんな報告をするのは不思議な気分です。 「軍勢を連れてですか?」 「いいえ。共についたのは数人だと聞いています」 「なるほど」 「あの、ここって魔王の国ではありませんよね」 「もちろん。あなた方の国です」 「すぐに我々の国にするがな」 「だからそういうことはしないって言っているだろう」  また荒ぶっているラオウ様に魔王様がやんわりと水を差しました。  魔王の国は、ここからいくつもの国を通った遥か遠くにあり、徒歩なら三ヶ月ほどかかると聞いています。魔王が不在の時代でも魔族の多くはその地に住んでいます。但し、積極的に近隣の国を襲ったりするわけでもないので人間側も手を出さず、相互不可侵な状態が続いています。  とはいえ、力を持て余した魔族が人を襲ったり、冒険者が力試しに魔王の国に侵入したり、なんてことはあります。  しかし一度(ひとたび)魔王が目を覚ませば状況は一変します。魔王から発せられる莫大な魔素によって魔族は活性化されて強大な力を得るのです。その力の矛先は人間に向けられ、一方の人間側は勇者を中心にそれに立ち向かうことになります。  記録や痕跡は数多く残っていますが、下々の民でしかない私にとっては、全ては伝承の、昔話の世界であり、現実の話だとは思っていませんでした。  でも、魔王様は目の前にいて、勇者もこの世に現れています。  もしかして私、新たな伝説の一ページに立ち会っています? 「魔王様はこちらにおられますから、勇者は三ヶ月かけて魔王の国へ行って、魔王様がいないことを知って、手ぶらで帰ってくるということになるんでしょうか?」  伝説にしてはマヌケな始まりだがこのままだとそうなってしまう。  そうだとしたらこの屋敷に来たとしても半年後ということになり、そう思えば時間的な余裕があるので少し落ち着くことができる。 「手ぶらで帰ってくれれば良いですが、魔王様がいないのを良いことに魔族を襲う可能性があります。今世の勇者の力がどれほどのものかは分かりませんが、中級魔族では全く歯が立たないでしょう。魔王様が国を離れておられるので上級の力も十分ではありません。我らの国に入られる前に、魔王様にはお帰りいただく必要があります」 「その必要はない」  魔王様は執事さんの提案をあっさりと却下しました。そして気だるげにその理由を説明してくれます。 「この世界に来た時からずっと鬱陶(うっとう)しい気配を感じていたんだ。(いやー)な感じが続いていて、ずっと正体が分からなかったが、お前たちの話を聞いている間にそれがなんなのかようやく分かった。勇者だ。俺は勇者の力を、存在を認識していたんだ」  ニイイと口角を上げます。 「そして、俺がそれを認識したことによって、あいつも俺を認識した」  魔王様が不敵な笑みを浮かべる一方で、執事さん達は色めき立ちます。 「勇者との対決か。血が滾るぜ」  ラオウ様がまた吠えますが、それを見る魔王様の目はやっぱり冷めています。もっと応援してあげましょうよ! 「ここでは戦力を整えられません。国へお戻りください」  進言する執事さんに、魔王様はひらひらと手を振ります。 「もう遅い。……ルーラか」  なぜか嬉しそうな顔をしている魔王様。  そして執事様は屋敷の外に目を向けて呻きました。 「長距離転移魔法か……」  ルーラがなにを示すのかは分かりませんけど、長距離転移魔法なら、私にもなんとなく意味が分かります。  つまり、遠くから誰かが来たってことです。  そして屋敷の外に、私でも分かるぐらい大きくて強い気を放つ者が突然現れたことを感じました。話の流れから考えれば、勇者ですよね。 「ちっ。庭に放っていたうちの連中は、村人を脅かす程度の目的で連れてきたやつらだから全く歯が立たんな」 「私の配下の者も、屋敷の維持の為に連れてきたものたちですので、戦闘には向いておりません」 「勝てないと分かっているのに命を無駄にすることはない。下がらせて、この部屋に誘導させろ」  魔王様がラオウ様とアイマック様に指示を出すと、外から聞こえて来ていた戦闘の音が止みました。 「メイドさんはどうぞこちらに」  執事さんに促されて、魔王様の右側に立ちます。魔王様が上気した視線を向けてきましたけど、今は大ピンチなんですよ!分かっているんですか!  しばらくするとドアがノックされ、返事を待たずにドアが開かれ、一人の男がゆっくりと入ってきました。金髪碧眼で精悍で清潔感のある若者、軽装の鎧を身に着けています。そんな分かりやすい外見を見なくても、発せられている圧倒的なオーラで、その人が勇者なのだと分かりました。 「なんでノックをしたんだ」 「合図もなしに部屋に入るな」 「せめて部屋の中の様子を窺うとかしろ」  小声で勇者に避難の声を浴びせながら、三人の男が続いて入ってきました。外見から、騎士と僧侶、魔法使いだと思います。  勇者たち一向は私たちと向かい合いました。僧侶が唐突に空中にさっと手を振ります。 「正面の男が魔王なのは言う必要はないよな。周りにいるのは人間に化けているが、ライカンスロープにサッキュバス、スケルトンキングにデーモンロードだ。さすが魔王直属の部下、外にいた連中とは全然違う、超上級魔族ばかりだ」 「四天王か!」  僧侶の説明に勇者がぱっと明るい声を出します。 「四天王……ですか?」  耳慣れない言葉に、全身を金属製の鎧に身を包んだ騎士が訊ねました。顔もフルフェイスで覆われていて見えないので、年齢も性別も分かりません。 「魔王が従えているのは四天王だと決まっているだろう。実に分かっている魔王だ。しかしそうなると残念だな。このままだと四天王を全員まとめて倒すことになってしまう。お決まりの、奴は四天王の中でも最弱、が聞けなくなってしまう。旅をしながら一人ひとり倒していくのが様式美だったな」 「なにをごちゃごちゃ言ってやがる」  我慢できなくなって吠えるのはやっぱりラオウ様です。 「分かった。お前が最弱だな」  勇者は指差して言います。 「なんだとっ」 「待てマテ」  今にも飛びかかろうとしていたラオウ様を魔王様は軽く止めます。 「こちらが四天王ということは、そちらは三銃士なのかな?」 「三銃士?」  勇者はぐるりと仲間たちを見ました。 「それは考えてなかったな。彼らは王様が共に付けてくれたから俺が選んだわけじゃないし。そもそもこの世界に銃士っているのか?まだ銃を見ていない」 「確かに見ていないな」  なんで魔王様と勇者でのんびりと話をしているんですか?お互いの部下の人たちは闘う気満々だったみたいですけど、トップ二人がのんびりと、しかもよく分からない話をしているので、ジリジリしながら見合っています。  異世界から来た人って皆変わっているんでしょうか。 「大変だ!」  まだ空中で手を振っていた僧侶が声を上げました。後で知ったことですけど、僧侶は人や魔族の能力や特性を見ることができるそうです。手を振っていたのは、その能力を使うための動作だということですけど、それを知らないと挙動不審者にしか見えません。気を付けてくださいね。 「あそこにいるメイドは人間だぞ」 「なんだと?」  それまで泰然自若としていた勇者の顔と声色ががらりと変わりました。険しい目で睨みつけています。僧侶を。 「もう一回言ってみろ」  怒りをあらわにして怒鳴ります。僧侶に。 「あ、あそこにいるメイドは人間だ」  僧侶さん、びびってるよー 「メイドさんをメイドとか呼び捨てにするな!ちゃんとメイドさんって敬称を付けろ!」  この勇者、魔王様と同じことを言ってます。 「あ、はい。あちらにいるメイドさんは人間です」  僧侶さんはびびって、さっきまでため口だったのが敬語になっています。っていうか、私の話をしています? 「メイドさんを拉致して言うことを聞かせるなどと傲岸不遜な行い、天が許しても俺が許さん」  勇者はくるりと向き直り、魔王様を睨みます。 「待てマテ。俺はメイドさんを拉致しても脅しても洗脳してもいない。正当な手続きをして、雇っているんだ」  魔王様が呆れながら口を挟みます。  わざわざ家政婦(メイド)組合(ギルド)に募集を出しましたもんね。執事さんが募集を出しに行った時のことを想像したら、何度でも笑っちゃいます。 「あいつの言っていることは……、いや失礼」  今度は私に話しかけて来た勇者は、一度言葉を区切り咳払いをした後で続けます。 「私は勇者シンゲン。王より魔王討伐の命を受けています。あなたの名前を訊いても良いかな?」 「―――リンダです」 「リンダさん、君は……」 「待てマテ」  魔王様が不機嫌そうに口を挟んできました。 「メイドさんは俺が雇っているんだ。俺の許可なく勝手に話すんじゃない」  急にまともなことを言いだしました!マナー無視の魔王様だから私もうっかり勇者の質問に答えてしまいましたけど、お客様をお迎えしているような場では、メイドはお客様と勝手に話したりはしません。必ず主人の許可が必要です。  もっとも、勇者一行はお客様というよりは押し込み強盗みたいなものですので、マナーを無視しても問題ないと思いますけど。 「それは確かにそうだ」  勇者は顎に手を当てて真面目に頷いています。 「では魔王。お前のメイドさんとお話をする許可をいただきたい」 「良いだろう。但し一分だけだ」  良いんですか?  許可を求める方も求める方なら、出す方も出す方です。  二人は敵同士ですけど、めちゃくちゃ気が合うんじゃないんですか? 「では改めてメイドさん。君はなぜ魔王に雇われているんだ?」  また私に質問が帰って来ました。あれこれ考えるのも面倒くさいから正直に答えます。 「お給金が良かったからです」 「え、お給金……?給料が高いってことか」  勇者はうろたえて、しきりに手で顔をかいています。 「なんてことだ。君は金で動くのか、金に釣られてなんでもするというのか」 「いいえ、メイドですので仕事は家事手伝いです。それ以上のことはしませんよ」 「でも、お金をもらえるなら誰でも良いんだろう」 「誰でも良いわけじゃありません。良い人みたいだから、こちらでお世話になろうって決めたんです」  良いのは顔の話ですけどね。 「人じゃない、こいつは魔王だ」 「そうですね。ではどうすれば良いですか?勇者様が代わりに私の借金を払ってくれますか?」 「魔王を倒せば王から褒賞がもらえる。その金で君の借金を払ってやる」 「とっても嬉しい申し出ですけど、お断ります」 「なぜだ」 「私はもう、魔王様のメイドです。魔王様に仕えるものとして、むざむざ魔王様が倒されるのを見ているわけにはいきません」 「借金を返せればなんでもいいだろ」 「いいえ」きっぱりと言い切る。 「メイドとしての筋は通させていただきます」  勇者は呆然と立ち尽くしている。  ばしっとカッコよく決まった、はずだった。  ぶち壊したのはボロ泣きし始めた魔王様だ。  うちのメイドさんはなんて素晴らしいんだ、感激で胸が痛くて死にそう、一生大事にするなどと喚きながら泣いています。  借金を返せるだけのお金を貯められればいいので、一生お世話になるつもりとかないんですけど。それよりも今ここで勇者に倒されてしまったら、「通常の十倍の速さで借金完済計画」が崩れてしまうので頑張ってもらわないと困ります。 「魔王様。負けませんよね?」  ちゃんと確認しておきましょう。  私の期待通りに、魔王様は即座に涙を止めると、再び魔法で身なりを整えました。 「ああ。勇者は俺の敵じゃない」  キリっとしていると本当にかっこいい。 「とはいえ、俺は無用な戦いは好まない魔王だ。今までの魔王とは違う。人間とも争わずに共生できるのであればその道を選びたい。そんな選択をできることこそが、異世界から転生してきた意味なんじゃないか?」 「……異世界から転生だと?」  勇者が眉を顰めています。 「そうだ。また気が付かないのか、武田康介」  勇者の身体がびくっと硬直し、目が大きく見開かられました。 「上杉なのか……」  絞り出された名前に、魔王様は満足そうに頷きました。 「ようやく気が付いたか。相変わらず察しが悪いな」 「魔王様は勇者と知り合いなんですか?」  思わず口を挟んでしまいました。でも、二人とも自分の世界に入って話を進めてしまうタイプのようですので、私たちにも分かるようにきちんと説明してもらわないと困ります。  魔族側も勇者側も「グッジョブ!」って合図を送ってくれています。
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