コツ、コツ、

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コツ、コツ、

※この作品は、2019/8/26掲載の短編『コツ、コツ、』を再構成したものになります。前作は非公開となっておりますので、予めご了承ください。  ここまでの二作は、私が先輩と出会ったことで体験したお話でしたが、今回は少し毛色を変えて、私が中学生の頃に体験した出来事をお話ししてみようかと思います。  中学一年生の夏休み。部活の練習を終えた私は、夕暮れの中ひとり家路についていました。私は友人達より学校から家が遠かったので、最後はいつも独りぼっちで田んぼの中の長い長い畦道を歩かなければなりませんでした。  見晴らしがいいので心細くはありませんが、駄弁る友人が居ないのと、じっとりと湿った暑さも相まって、うんざりしてきます。  その日は特に厳しい暑さで、太陽がオレンジ色に変わりはじめても、ジリジリと焼けたアスファルトからは茹だるような熱気が伝わってきました。かすかに吹く風は、まるでドライヤーから送られてくるかのような熱風です。  やっと道の終わりが見えてきた頃、後ろから、コツ、コツ、コツ……と硬質な足音が聞こえてきました。  ああ、後ろに若いお姉さんが歩いているんだな。と私はぼんやり思いました。  何故若いお姉さんだと思ったかと言うと、そのヒールの音が、母の仕事用のヒールよりも、高校生の従姉妹がよく履くピンヒールの音に近かったからです。  畦道が終わると、次は住宅街の中を突っ切る遊歩道が待っています。遊歩道とは言っても、住宅街の中に中途半端に残った雑木林に、もうしわけ程度の舗装がされ、車止めがつけられただけの道です。  けれど、この道の唯一良いところは、鬱蒼と生い茂る木々のお陰で陽射しが遮られるところでした。木立の合間から吹くひんやりとした風が、汗で湿った身体を冷まします。  コツ、コツ、コツ……  どうやらお姉さんも、遊歩道の先に目的地があるようです。私の数メートル後ろを歩いてる足音が聞こえます。  そのとき、私は何を思ったのか、ポケットに入っていた家の鍵を取り出すと、ストラップについていた輪っかに指を通し、くるくると回し始めました。  お恥ずかしい話、当時私はいわゆる厨二病を患っていて、指先で鍵を回すというちょっとアウトローっぽい仕草が格好良いと思い込んでいたのです。後ろを歩いているであろうお姉さんに、一丁前に格好つけたかったのかも知れません。  得てしてそういうアピールは、かえって格好悪い結果を招きます。  案の定、勢いをつけて回した鍵は指先を離れ、後ろの方へポーンと飛んでいってしまいました。  変に格好つけたせいで失敗、これは恥ずかしい。恥ずかしすぎます。  これでもしお姉さんが鍵を拾ってくれようものなら、もう目も当てられません。  私は一刻も早く鍵を拾おうと、慌てて後ろを振り向きました。万が一にもお姉さんと目を合わせないよう、俯きがちになって。  しかし、どうでしょう。振り向いた先の視界には、お姉さんの足元が見えるどころか、人の気配すら感じません。  私はそっと視線を上に向けました。
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