52人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
やはり、お姉さんの姿は見当たりません。いつのまにか足音も聞こえなくなっていました。
おかしいな、とは思いましたが遊歩道の途中にも一応何軒か住宅があります。お姉さんは遊歩道沿いの家の人で、もう家の中に入ったのかもしれません。
私はといえば、お姉さんに恥ずかしい場面を見られて気まずい思いをする心配がなくなったので、ちょっと安心して、また歩き始めました。鍵は流石にポケットにしまいました。
コツ、コツ、コツ……
再び聞こえ始めた足音に、私は思わず飛び上がりそうになりました。
細いヒール特有の、硬質な音。さっきのお姉さんの足音に違いありません。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……
コツコツと規則正しく鳴るその音が、私は次第に恐ろしくなってきました。
というのも、その当時隣の学区の男子中学生が不審車に連れ込まれかける事件に遭っており、下校時には注意するよう学校の先生から口酸っぱく言われていたからです。
校長先生は、不審者は女の子だけを狙うわけじゃない。男子生徒も油断しないように、と夏休み前の全校集会で呼びかけました。連れ去られそうになった男子生徒は無事でしたが、犯人は未だ逃亡中でした。
後ろにいる靴音の主が連れ去り未遂の犯人で、今度は私を狙っているのではないか?
そんな不安が頭をもたげ、私はすっかり心細くなってしまいました。
しかし、確か先生は連れ去り未遂の犯人は男だと言っていたはずです。それに、車に連れ込むのだとも。
背後から聞こえる靴音は明らかに女性物のヒールでしたし、遊歩道に車が入ってこれるはずもありません。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……
足音はなおも付いてきます。
私の数メートル後ろを、付かず、離れず。
遊歩道沿いに建つ住宅は、もうとっくに最後の一軒を通り過ぎていて、この先はただただ薄暗い雑木林の中に一本道が続いているだけです。もうどこにも逃げ場はありません。
正体のわからない靴音に怯えながら歩き続ける恐怖と、振り向いて姿を確かめる恐怖。
両方を天秤にかけた私は、なけなしの勇気を振り絞って後ろを振り返りました。
しかし───
そこに人影はありませんでした。
今まで歩いてきた薄暗い遊歩道が、ただ茫っと、続いているだけでした。
最初のコメントを投稿しよう!