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そんなとき、Mさんが所属していた吹奏楽部の顧問が「神様のために、夏祭り中止で出来なくなったアンサンブルコンサートを神社でやろう」と唐突に提案してきた。
「ついにウチの顧問まで可笑しなことを言い出した!って、みんな愕然としましたよ」
いつもは冷静で常識的である顧問が突然そんなことを言い出したことにショックを受けたものの、逆らうわけにもいかない。結局顧問に流されるがまま、もともと夏祭りで演奏を披露する予定だったMさんのアンサンブルチームが、代表して演奏をすることになった。
曲目は、山澤洋之作曲の『花回廊/風龍』。秋に行われるアンサンブルコンクールに向けて、仕上げにかかっている打楽器四重奏の楽曲だった。
「正直言うとね、結構ビビってたんです。生意気な中学生でしたから、祟りなんて馬鹿馬鹿しいって口では強がってましたけど。境内で下手な演奏なんてしたら、余計に神様の怒りを買って祟られるんじゃないかって、気が気じゃなかったなぁ。今思うと、顧問の先生まで祟りを信じているような態度を取ったのが不安を増幅させてたんでしょうね」
数日後、なんとか倒木の撤去が終わり、本殿の仮補修が終わった神社に、即席の舞台が設置された。普段の夏祭りで使うような立派な舞台ではなく、反響板も何もない剥き出しの板の上に、慎重に楽器を設置する。
すべての楽器の搬入が終わる頃には、時刻は既に夕暮れ時になっていた。
静まり返った境内に、湿った夏の風が強く吹き付け、黒い影と化した木々を騒つかせる。赤鳥居の上にとまった鴉が、興味深そうにMさん達を見下ろしていた。
観客は、この神社の神主と、舞台を設置してくれた氏子の人たちだけだ。普段のコンサートに比べれば格段に少ない。
けれどMさんは、未だかつてないほど緊張していた。
自分の担当するマリンバの前に立と、4本の撥を握る手が、情けないほど震えていた。ここにきて、強がって堪えていた恐怖が一気に押し寄せてきたようだった。ざわざわと鳴る風の音が、更に心を波立たせる。
顔を上げると、舞台の下に立つ顧問と目が合う。いつもと同じ、自信に満ち溢れた表情で頷く彼をみて、腹が決まった。
大丈夫。普段通り、全力を尽くせば良いんだ。
風が凪ぐ。
奏者4人の気配が繋がるのを感じる。
そうして、同時に息を吸い──打った。
生み出された音が、夕闇を震わせ、木々の隙間に木霊する。遠く、高く、全方位に向かって広がっていく。
祟りのことも、神社のことも、学校での嫌な出来事も……その時だけは、全部忘れていた。自分が奏でるべき音だけを、必死になって追いかける。
チーム全員が、一つの楽器になったかのような一体感があった。
ふと我に返ると、最後の一打が余韻となって消えていくところだった。
「間違いなく、過去最高に良い演奏でした。自分たちの実力以上の音が出せていたと思います」
不思議なことに、その日以来、学校で起こる事故が目に見えて減り、生徒達に蔓延していた怪談や噂も徐々に聞かれなくなったのだという。
「自分としては、たまたま悪いことが続いちゃう時期だったんじゃないかと、今では思ってます。祟りとか、そういうのじゃなく」
ただ、ウチの顧問だけは『神様だって、毎年お前達の演奏を楽しみにして下さってたんだよ』なんて大真面目に言ってましたけどね。と、Mさんは懐かしそうに笑った。
──『社の上の中学校』了──
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