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「その西沢さんと、昨日同じ山にトレッキングに行ってきたんですが……どうです?俺の隣、誰か座ってますかね?」
私が左隣の空席を指して笑うと、OL2人は不気味なものでも見るかのような目をバースツールに向け、体を横に引いた。
そうそう、初対面の男が突然怪談話なんか始めたら、そういう反応をするのが普通だし、「えぇ、いつの間にそんな楽しそうなことしてたの⁉︎俺も呼んでくれたらよかったのに〜」なんて盛り上がってる男は、どう考えても地雷物件だろう。もしかしたら、私が風俗関係の仕事──バイトとは一言も言わなかったが、同じことだ──をしていたのも印象の悪化に繋がったのかも知れない。
なんにせよ、先ほどとは打って変わってお茶を濁すような反応しかしてこなくなった2人組に、私は内心ほくそ笑んでいた。この程度で引いているようでは、この人の相手は務まらない。
私は氷が溶けてただの水割りになったテネシーハニーを飲み干すと、御愛想に来た新人バイトくんに一枚多く紙幣を渡した。
「隣のお姉さんたちの分も引いといて。残りはあげるから」
チップをもらい慣れていないのかキョトンとしている彼に、「来週よろしく」と手を振り、奈神先輩を引っ張って店を出る。
先輩の前で格好付けるための止むを得ない出費だが、どうせ此処はバイト先の系列店だ。毎週火曜日にヘルプに来る新人くんに好印象を抱かせておくのは悪くない。
駅への道中でも先輩はぴっとりくっ付いてきて歩き難い事この上なかったが、今度は振り払わず、好きにさせておいた。
「何で払っちゃうのさぁシノヤ。俺が奢ってあげるって言ったでしょ〜」
「はいはい。じゃあ今から先輩の家で飲み直しましょうよ。あと、次は焼肉連れてって下さい。今度はちゃんと個室あるトコで」
「それは良いけど……あ、泊まってく?」
「終電で帰るに決まってるでしょ。あんな不気味な部屋、もう二度と泊まりたくないです」
……結局さらにグダグダになった先輩に絡まれて終電を逃し、例の爪切り音に魘されることになったのは、バチが当たったとかそういう事じゃないと信じたい。
──『左隣』了──
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