青藍館の屋根裏

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 かくして、自治会長の人徳により「危ないことはしない。何があっても自己責任」という条件付きで、青藍館探索の許可が下りた。  何があっても自己責任というのは心霊的な意味ではなく、単純に老朽化した建物による事故とか怪我とかそういう事態を指しているのだろう。探索の日取りだけ会長経由で連絡し、私達はさっそく次の週のサークル帰りに青藍館を訪ねた。  その日は特に良く晴れた日で、遠くの山に沈む西日が、青藍館の壁を真っ赤に染め上げていた。影を纏った周辺の木々が、重々しい雰囲気を醸し出している。 「日暮れ時に来るのは『危ないこと』に含まれるんじゃないですかね、先輩」 「だってしょうがないじゃん。会議が長引いたんだからさ」  わざと長引かせたのは誰だよと思いつつ、持参した懐中電灯のスイッチを入れる。  間近で見る青藍館は、幽霊屋敷という言葉がふさわしい状態だった。窓ガラスは割れ、庭木は生い茂り、壁面はところどころ剥がれ落ちている。近所の不良が入り込んで酒盛りでもしたのか、ゴミの散乱具合も酷い。赤いペイントスプレーで死死死とか呪殺!とか、ちょっと笑ってしまうような落書きも散見された。  取り壊す日が正式に決まったら、今日のお礼にゴミ拾いの手伝いくらいはさせてもらおう。環境整備は地域の治安維持にも繋がることだ。  申し遅れたが、先輩と私が所属するサークルの活動内容は、大学ボランティアセンターの学生スタッフである。 「鍵も借りてきたけど……」 「必要なかったっすね」  建て付けが悪くなってしまったせいか、そもそも扉が閉まっていない。強めにノブを引き、ミシミシと嫌な音を立てつつも扉を開く。  青藍館の内部は、埃っぽくはあったが、想像していたよりも荒れてはいなかった。懐中電灯で足元を照らしながら、注意深く奥へ進む。  一階のキッチンやリビングを見て回り、棚の中も覗いてみたが、変わったものは特にない。ついでにスマホで写真も撮ってみたが、心霊写真どころかオーブすら映らなかった。  気が済むまで一階を彷徨いてから、二階へ続く階段を登る。 「ちゃんと居るかなぁ」 「誰がです?」 「2階の窓から覗く女の幽霊さん」 「もし出たら俺ソッコーで逃げるんで。あとはお二人でヨロシクどーぞ」 「水臭いな〜。3人で楽しもうじゃないの」  品のない軽口を叩きながら、二階についたときだった。 「あれ……?」  もう一本、上に続く階段がある。懐中電灯で照らしてみると、今しがた登ってきた階段と同じくらいの長さがありそうだ。 「この建物、二階建てでしたよね?」 「もしかしたら、屋根裏部屋があるのかも知れないね。あのドーム状の屋根のところに」 「……上ってみます?」 「もちろん」  居るかも知れない二階の幽霊(レディ)にはお待ち頂くことにして、私たちは階段を上った。もはやただの探検になっているが、ご機嫌な先輩が可愛いので良しとする。  それに正直なところ、私もこの状況に少なからずワクワクしていた。探検、秘密基地、屋根裏部屋、幽霊屋敷……どれもこれも、子供の頃憧れた冒険譚のシュチュエーションそのものだ。  階段は途中から天井が低くなっていた。長身の先輩はともかく、170センチ弱の私ですら身を屈めないと通れない。白い埃が満遍なく積もった床に手を付いて、半ば這うようにして上りきると、そこには五角形の空間が広がっていた。  天井が低いドーム型になっていることから、確かにあの丸屋根の下であることは伺えるが、屋根裏部屋という言葉からイメージされる物置のような光景と、この部屋の状態はどうも一致しなかった。  まずもってして、荷物がほとんどない。代わりに置かれているのは、部屋の各隅に立てられた背の高い燭台と、部屋のちょうど中心に置かれた、2枚の姿見だけだ。姿見は、合わせ鏡になるよう向かい合わせにされている。 「何ですかね、この部屋」 「う〜ん。儀式の間?」 「見たまんまかよ。そうじゃなくて、何のための儀式かとか」 「知らな〜い」  怪談好きの奈神先輩なら知っているのではないかと期待したのだが、先輩はあくまでも怪談マニアであり、オカルトマニアではないらしい。 「五芒星に見えなくもないけど、どうだろうね」  先輩が指さしたのは、床についた黒い煤のようなものだ。煤は薄いながらも、燭台同士を結ぶようについており、確かに星形に見えなくもない。 「五芒星だと、何か意味があるんですか?」 「いろいろあるよ。陰陽道では魔除けの呪符なんかに使ったり……まぁでも、洋館の屋根裏に描かれるならデビルスターの方がそれっぽいか」 「デビルスター?」 「厨二病の子が手に描いちゃうやつ」 「理解」  要は逆さにした五芒星ということか。  先輩は「その辺は守備範囲外なんだよなぁ」とボヤきつつも、デビルスター自体は悪魔召喚に使う図式ではなく、守護の印を反転させて悪魔の力を受け入れようとする時に用いるらしい、という非常にふわっとした解説をしてくれた。 「受け入れちゃったら悪魔に乗っ取られちゃうでしょ?召喚して使役したいなら、むしろ普通の五芒星を使って身を守らないと」 「なるほど」  つまり、この部屋の様子も逆五芒星も、『封印されし俺の左腕〜』の悪魔が宿った左腕(封印前)を作りたかった近所の子供の仕業というわけか。  そう納得しかけて、ふと違和感を覚えた。 「先輩……この部屋だけ、なんか変じゃないですか」  合わせ鏡の方を調べていた先輩も、姿見の縁を指先でなぞりながら頷いた。 「鏡や燭台に埃が付いてないし、つい最近まで誰かがここを使っていたみたいな感じだね」 「例の、前の所有者のお孫さんが片付けたとか……ですかね?」 「階段の埃は掃除しなかったのに?」 「あっ」  確かに、2階から屋根裏部屋に続く階段には、分厚い埃が積もっていた。足元を照らしながら登ってきたが、先に通った奈神先輩の足跡しか見当たらなかったはずだ。  もしやこの部屋に来るための階段が他にもあるのではと、部屋の中を隈なく探してみたが、残念ながらそれらしい梯子や通路などは見つからなかった。    そうこうしているうちに夜になってしまい、私たちは不完全燃焼ながらも探索を打ち切ることにした。所有者の許可を得ているとはいえ、廃墟の中に懐中電灯の明かりが揺れているのが見えた、となれば近隣住民を不安にさせかねない。  残ってしまった2階の探索は、再度日を改めて許可を取ってみることにしよう、ということになった。
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