ワンス・モア

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「……おやすみなさい」  今さらながらに、小さく胸が痛む。  戸田さんから逃げるように、わたしはカーテンを閉めて小さく息を吐いた。  子ども相手に、しかも体調の悪い彼女に……わたしは何をしているの。  いやな大人になった。  ……でも、仕方ないじゃないの。  キレイだけじゃ、やっていけないの。  いやな思いもして、大人になっていくの。  誰ともなしに、心の中で言い訳を並べ立てる。  ふと、壁にかかっている小さな鏡を見れば、やけに冷たい眼差しを持つ自分と目が合った。  鏡から逃げるように目をそらせば、窓の外に五限目の体育のため移動する生徒たちの姿がたくさん見えた。  何がそんなに楽しいのか、笑いながらふざけ合って走っている。  その賑やかな声は遠くから響き、この保健室にまで届いていた。  授業もすべて終わっているだろう放課後。  わたしはやたらこっている肩をほぐしながら、今日は早く帰ろうと考えていた。  養護教諭というのは、あんがいに事務業務が多い。保健室利用者の日報、データ入力、保健だよりの作成や保健授業の資料の手伝いなど。
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