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 翌朝、江流久は目覚ましのアラームが鳴るよりも先に目を覚ました。  ベッドサイドで充電をしておいたスマートウォッチを確認すると午前5時38分。  昨夜は日付を跨ぐまで寧衣良、香織里、饗介と話をしていたのでやや寝不足感は否めないが、それでも頭はすっきりとしている。  窓の外では相変わらず雪が吹きつけているが、スマートフォンのウェザーニュースでは今夜には天候が回復しそうだった。  この雪山のホテルを逃げ場のない殺人現場に変えた吹雪も、やがて吹き止む。  だが、犯人の暗然たる心に吹き荒れる凍りついた絶望、憎悪は復讐の篝火の元に今なお赤々と照らされ続けているのだろう。  熱いシャワーを浴びながら犯人の心に思考を巡らせる。  まだ殺人は終わらないはずだ。  現場に残されたcalling-cardにはこの殺人劇の終演を知らせる文言が無かった。  濡れた身体を拭き、シャツに腕を通し左手首にスマートウォッチを巻く。  何年も使っていた腕時計を変えるのは相当なストレスかと思っていたが、たった3日しか経っていないにも関わらず、その時計はまるで以前からそこにあったかのように左腕に鎮座し時を刻んでいた。  カーテンを開き少しだけ窓を開けると、シャワーで温まった身体を芯から凍えさせる様な風が吹き込んでくる。  冷気で更に脳細胞を研ぎ澄ませ、となりの部屋の探偵助手を起こそうと扉に手をかけ廊下に出ると、瑠璃が部屋に戻るところだった。 「あ、江流久さんおはよー」  普段の彼女からしてみれば明らかにテンションの低い挨拶だったが、頭に手を当てていることで二日酔いなのだろうと江流久は推察した。 「おはようございます。どこか行っていたんですか?」 「うん、昨日の事件のこと思い出したらなんだか眠れなくて。二日酔いで頭も痛いし、気晴らしにちょっと歩いて七咲さんの作品を観てたんだけど、R-103号室入ったらもっと眩暈がして頭痛くなって戻ってきたとこ」 「大丈夫ですか?薬とか……持ってないですよね。多分寧衣良が持ってるから、ちょっと待っててくださいね!」  そう言えばスノーボードと身一つでこのホテルに迷い込んだのだと思い出し、江流久は寧衣良の部屋のドアをノックした。  寧衣良はすぐに反応してドアを開けたが、その顔面はまるでオペラ座の怪人の様な白いマスクで覆われている。  江流久は驚いたが、ここで驚きの声を上げるのは失礼だと最低限のマナーは心得ていた。 「ごめんなさい昨日夜更かししたからパックしてるんですけど、まだ始めたばかりで」 「あぁ悪い悪いちょっと早かったからな。なぁ寧衣良、頭痛薬持ってないか?瑠璃さんが二日酔いらしくて」 「え?大丈夫ですか瑠璃さん?私のバッグの中に入ってると思います!」  下を向くとパックがずれてしまうのか、寧衣良が少し上を向いてゆっくりとバッグの方向へ向かうのをみて、痺れを切らした江流久がすたすたと部屋の中に入っていった。 「悪いな、少しもらうぞ、ってお前いくつポーチ持ってるんだよ」  鞄の中にはまるでジェリービーンズの様にカラフルなポーチがいくつも入っている。 「ちょちょちょちょちょっと!勝手にレディーの鞄を漁らないでくださいよ!そう言うところですよ江流久さん!」 「はぁ?別にいいだろ?じゃあ瑠璃さんに取ってもらうぞ。いいな?」 「はーい、瑠璃さんごめんなさーい、赤いポーチに入ってると思いますので、取っちゃってください!」 「ありがと寧衣良。あぁ、あったあった。じゃあ1回分もらってくね」  苦痛に歪んだ顔をして、瑠璃は寧衣良のカバンから赤いポーチを取り出し、頭痛薬を見つけ出すとふらふらとしながら部屋へ戻っていった。
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