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「まずコンシェルジェの菊千さんは以前の勤め先で勤務していたことが確認できたわ。シェフの馬屋原さんはそっちのホテルで勤務していたみたいね、今そっちにはいない従業員から確認が取れたわ。オーナーの蔵前さんも同様。それとアルバイトの二人に、ギャルの永代さんと、絹笠さんはアリバイがなかったわね」
「そうですか……。あの、俺の勘なんですが、絹笠はこの遭難事件に関わってる気がするんですよ」
「……江流久くんが言うなら確信を持ってるということでしょ?」
「えぇ、まぁ。あと、七咲に恋人がいたという話が出てきたんですが、何か捜査で情報あがってきましたか?」
「恋人?うーん、特にこれと言って話は聞いてないなぁ。そうしたらその件も調べてもらう様にしておくわね」
「すみません、お願いします」
江流久が頭を下げると、心なしか外の風が弱くなっているのに気がついた。
「……香織里さん、心って、自分じゃどうにもならないんですかね?」
「ん?それは寧衣良ちゃんに対する……」
「そうじゃなくて!……いや、それもそうかも知れないんですけど、今回の犯人も憎しみや怒り、恨みに支配されてしまっていて、でも、もし七咲が自殺に追い込まれたのだとしたら、そういう気持ちになるのも当然だと。俺だって、香織里さんや寧衣良に何かあったら。……寧衣良にはその考えは間違っていると言ったくせに、俺も本当はそう思ってしまうんですよ」
香織里は何も言わずに画面越しに暖かい眼差しを江流久に向けている。
「でも、例えどんな理由があったとしたって、やはり殺人は間違っていると思うし。それを寧衣良に言ったらね、あいつ、犯人に寄り添うことが大切なんじゃないかって言うんです。あいつ、あんな事件の被害者なのに」
「優しくなったね、江流久くん」
香織里は美しい涙で瞳を彩りながら語りかける。
「私、この世で一番嫌いな言葉は「人それぞれ」だったの。どんな事柄でも簡単に片付けられる便利な言葉だと思わない?凄惨な事件を起こした犯人に対しても、人それぞれの動機があったんですねって、そんな言葉で片付けていいはずがないじゃない?」
江流久は黙って頷く。
「でもね、私もアメリカで勉強して日本に帰ってきて実際の事件を経験してね、確かに統計上同じ様な傾向を示す人間はいても、同じ人間って一人もいないのよ。誰だって何かを抱えて生きていて、そしてその重みはやっぱり人それぞれ。それで私思ったの。大切なのは人それぞれの向こう側だって」
「向こう側……ですか?」
「そう。人によって好みや趣味、関心ごとが違う様に、心のキャパシティは違うし、同じ絵を見ても同じ音楽を聴いても感じることってやっぱり違うじゃない?そういったその人の人間性って、捜査を進める上ですごく大切なことだなって。だから、便利な言葉で片付けるんじゃなくて、もっと、人として向き合って、心に心で触れ合う必要があるなって。最近はそう感じてるわ」
香織里は頬杖をつき、どこまでも愛おしそうに江流久を見つめる。
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