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 江流久を呼びかける寧衣良の声に、江流久は瞬時に椅子から立ち上がると部屋のドアを開けた。  すると寧衣良が血の気の引いた顔で中庭を指差す。 「おい寧衣良!どうした!?」 「え、江流久さん!あれ!あ、あそこの窓!」  震えながら寧衣良が指差す方向は紅玉棟の2階だった。  窓越しに吹き荒れる雪はいくらかおさまっていて、かろうじてその先まで視認することができる。 「今、あの窓に血飛沫がびしゃーーって!」 「ちょっと江流久くん!?寧衣良ちゃんがどうかしたの!?」  スマートフォンのスピーカー越しに香織里が叫ぶ声が聞こえるが、今はこちらを優先するべき時だ。 「香織里さん、すみません。寧衣良は無事ですが一旦切ります!」  通話を切り、恐怖で足がすくむ寧衣良を左手で支えると、江流久は現況を把握しようと周囲に目を走らせた。  窓の外で降る雪のカーテンの向こうに、ピンク色の光が見える。  目を凝らせば、鮮やかな色の睡蓮が白雪の降り注ぐ闇に輝いていた。  寧衣良によればその真上の部屋の窓ガラスが血飛沫で染まり、そしてその後すぐに部屋の照明が消えたという。 「あれは、R-104号室の睡蓮か、その真上は……くそ!絹笠さんだ!寧衣良!走れるか!?」 「は、はい!」 「階段の方が早い!こっちから行くぞ!」  階段を登るたびに心臓が血液を全身に行き渡らせ、脳が活性化していくとともに江流久は胸を食い破られる様な感覚に襲われた。  寧衣良も顔色は戻らないものの必死に後に追いてきている。  翡翠棟2階の廊下を食堂に向かって駆け抜ける際に紅玉棟を確認しようとするが、極彩色のステンドグラスに阻まれ外が見えない。  食堂の前を走り抜けると敷き詰められた赫い絨毯が紅玉棟に足を踏み入れたことを知らせる。  R-204号室の前には誰もおらず、扉の前には汚れを知らない乙女の様に白い睡蓮の花が置かれていた。 「絹笠さん!絹笠さん!開けてください!」  渾身の力を込めてドアを叩き呼びかけるが何も反応はなく、鍵がかかっていて開かない。  すると江流久の声が聞こえたのか、慶一郎がR-203号室から、R-205号室から緋紗子が大判ストールを肩から羽織って出てきた。 「江流久さん!?どうかされたんですか!?……この花!!」  江流久の足元の睡蓮を見て、緋紗子の顔色から生気が失われ、倒れそうになるところを寧衣良が支えた。 「くそ!開かない!慶一郎くん!マスターキーは!?」 「えっと、……オーナーが持ったままです!すぐ呼んできます!」  慶一郎はR-202号室の扉を叩き、蔵前の名前を叫ぶと少しの間の後に扉が開く。  事情を説明した慶一郎が顔を出した蔵前からマスターキーを奪う様に受け取り、それを受け取った江流久がR-204号室の鍵を開けた。 「絹笠さん!」  部屋の中は咽せ返る様な血の匂いで満たされていて、暗黒の室内を手探りで進み照明をつけると、部屋の奥は絨毯から家具に至るまで血に塗れており、色彩を散りばめてあったはずの窓のステンドグラスも一面が赤く染まっていた。  お菓子の家を彷彿とさせる、様々な柄の包み紙がばら撒かれたベッドの上にはまるで眠りに落ちた不思議の国のアリスの様な幻想的な服装の絹笠が横たわっている。  ただその服はどこまでも赤い血で染め上げられていて、頸部、胸部ともに無数の刺し傷に出血の痕が見られ、輝く様な金色だった絹笠の髪も、滴る血に赤く染まっている。  目を見開いた絹笠の顔は恐怖と苦痛に染まり醜く歪んでいた。  緋紗子だけにとどまらず、慶一郎と蔵前の悲鳴が鼓膜に響く。 「見ちゃだめだ!緋紗子さん!……寧衣良!お前も!」 「江流久さん!これ!」  寧衣良が蒼い顔をしながらデスクを指差すと二つ折りにされた紙の上に鍵が置かれていて、江流久が鍵を手に取り紙を開くと無機質な文字でこう書いてあった。 『味覚の間に飴玉は相応しくありません 代理人』
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