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「アリギエーリ・ダンテによれば、天への道は、地獄から始まっているそうです」
すぐ側の目の前にいる俺に、静かな口調でささやかれる。
「私は救済よりも地獄の業火のほうが欲しいのです」
彼はひどく真面目な表情で俺を見つめてきた。冗談ではないようだ。
それを聞いて、俺は一瞬目を見開いてぽかんとした。
あれ、こいつ、何かおかしなことを言っている。理解が追いつかない。
動きが止まった俺の右頬を撫ぜ、ジュリアーノが微笑んだ。どこか影を感じる、面白げなものを見る目だ。
「愛欲にふける恋人同士は、死後に地獄の谷にゆくと言いますよ。私と一緒に堕ちてくれますか」
顔を寄せられて左耳にささやかれ、俺は真っ赤になって全身が硬直してしまった。
うわ、すごい殺し文句! 老若男女をメロメロにしそう。あのさ、この人って神父志望なのにこの色気はいかんのではないか? 危険すぎる。
「堕ちるって俺と?」
近すぎる距離に緊張しながら、俺は高まった胸の鼓動が伝わりやしないかと思った。
彼にもう一度ささやかれた。
「私と一緒に地獄の果てまで……」
言い終えると彼はわずかに目を伏せて、すっと身を引いた。屈めていた身を起こし、俺から数歩後ろ向きに離れる。
それから何事もなかったかのような涼しい顔で、通路を歩いて俺から距離を取った。急に互いに距離が空いて空虚感がただよう。
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