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一人の少女の瞳の中には琥珀の森が広がっています。
全てが黄色がかった飴色をとろりとまぶしてあり、動く物などおりません。
少女はそこに時折立ち入っては、満足なため息を漏らすのです。
黄色い空、シルエットになった折々の動物、木々、思い出の全てを彼女は琥珀の中に閉じ込めておりました。
そして彼女は目を閉じます。
琥珀の森は闇に紛れて、そして、
【琥珀の森】
「あきちゃん」
お姉さまが私を呼ぶ。ああ、お姉さま。礼拝堂のベンチに座って私を誘うお姉さま。深い黒故に緑がかって見える御髪、白い肌は、汚れのない蚕が瀕死の際に出す絹糸をふんだんに巻きつけたようです。お姉さま、お姉さまはサトイモのお花を御覧になった事があって?めったに咲かないお花なのですよ。白くって、可憐。なのにごつごつと男のような根があるとは思えない位なの。繁栄・愛のきらめき・無垢の喜びがそのお花の花言葉。ああ、お姉さま、見つめないでください、見つめてください、私の芯が柔らかくなる位、その眼差しで私を愛撫しつくしてください。
「あきちゃん、今日は僕の秘密を話すよ」
お姉さまの声は少し冷たい。でも暫く聞いていると、本当は冷たくもなんともない、ただそんな響きがするだけだということに気がつく。私はこの学園に入るまで、孤独でした。私は気が弱くて誰かにすがり付いていなければ生きてもいけないヤドリギのような生き物。嫌わないで、冷たくしないで、邪魔をする訳じゃないの、ただ傍にいさせて。そんな私を暗くて気持ちの悪い女と呼ぶ同級生もいたけれど。
やっと、私は永久に寄り添う相手を見つけたのでした。
聖ヨハネ学園ではエス、という関係は珍しくありません。そして夏木楓という女性は、私たちの中では特別な存在でした。男性的でもあり、女性としても魅力的なその人は、我ら子羊の憧れの人でもあったのです。
お姉さまは誰も愛さない。
誰もが愛する人は誰も見ない。まるで心を誰かの胸の中に置いてきたような翳りさえ感じるその人は、どうしてだか日陰にひっそりと生まれ朽ちる運命の私をそっと、携えてくださったのです。君を、愛するよ。そんな言葉をかけられた時、この私はどう言えばよかったのでしょうか。なにも言えない愚鈍な女に見えてしまったに違いない。ただ、頷いてはお姉さまの胸に縋りつく愚かな私。これまでの日々は本当に夢の中で起こった事の様。でも、私にはあなたのその寂しさを拭うことができないのがとても悔しい。そう言うと、お姉さまはなにかを決意したように私をまっすぐ射抜いたのでした。
「解った、あきちゃん。僕は君を愛している。だから放課後、一人で礼拝堂に来て欲しい。僕の全てを知ってもらいたいから」
そして今、私とお姉さまは黄色がかった夕暮れの中で二人きりで会っていいるのです。貼り付けにされたキリストの像が私たちを見下ろしておいでになる。嗚呼、なにかがきっと、変わる予感がする。
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