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男は油塗れの顔を上げて、トンネルの入り口を見た。
破棄されて久しいこのトンネルは、男の作業場だ。
机に置いているラジオが、回収対象となったアンドロイドの型番を淡々と読み上げている。
男はラジオの音量を下げて、耳を澄ました。
ざりざり、と何かを引き摺る音が聞こえて、男は目元の深い皺を擦りながらため息をついた。
「廃品回収されたくなかったら、奥まで来い」
一度音が止まって、今度はこちらに近づいて来た。
姿を現した黒い影は、かろうじて人の形をしていた。
車にでも轢かれたのか、右半身の肌が剥げて機械部分が露出し、右足を引き摺っている。
左半身には長い金髪に青い瞳の、可憐な少女の面影があった。
「お邪魔します!」
少女の快活さと不協和音が混ざった不気味な音声が、薄暗いトンネルに響く。
「静かにしろ」
「すみません」
男は上から下まで視線を走らせて、
「ちょっと前に流行した、星座の名前がついたアンドロイドか。その椅子に座ってろ。ここにある部品で歩けるようには修理してやる」
「ありがとう、お爺さん!」
「お爺さんじゃねぇ。ギデオンだ」
「ありがとう、ギデオン。私はジャンヌだよ」
ジャンヌと名乗ったアンドロイドは、よいしょ、と重い荷物を降ろすようにして椅子に腰かけた。
ギデオンはそれを横目に見ながら、トンネルの奥へ向かった。そして、無造作に積み上げられたダンボール箱の中から、手際よく必要な部品を取り出していく。
「名前までつけてもらったのに、山に捨てられたか。心ないやつもいたもんだな」
「違う、ジャンヌは捨てられてないよ」
ジャンヌは、むっと唇を尖らせて、不満そうに左足を揺らしている。
左半分だけを見れば、少し生意気な人間の少女にしか見えなかっただろう。
「私ね、探しものをしているんだ。なんだと思う?」
「興味ねぇな」
ギデオンは工具と部品を乱雑に地面に転がして、ジャンヌの前に屈みこんだ。右膝の欠損部品を補充すればすぐに歩けそうだ。
「人間になる方法を探しているの」
「そりゃすげぇ」
「どうやったら人間になれるかな?」
「勇気を持って、正直で優しい性格になれば人間になれる」
どこかで聞いた物語の台詞を言ってやれば、ジャンヌは顔を輝かせた。
「それで人間になれるの!? そっかぁ、ジャンヌはほとんど人間に近づいているね!」
「自信過剰なアンドロイドだな。こら、足を動かすな」
ギデオンはジャンヌの右足を掴み、右膝の部品を固定する。これだけでも歩行は問題なさそうだ。
ジャンヌはうきうきと横に揺れて、
「ジャンヌが人間になったら、ママのもとに戻れるの。きっと寂しがっているから、すぐに戻らないと」
「そうかい。一応、心臓も点検するから後ろ向け」
「はぁい」
ジャンヌは素直に背中を向けて、ボロ布に成り果てたワンピースを脱いだ。
背中には銃創があり、人間の心臓部分にあたる場所を貫通している。
懐中電灯をつけて損傷具合を把握したギデオンは、特に処置を施すことなく工具を机に置いた。
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