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第二章 それから数年後……
人と言うのは、年月がたてば、それなりに変わるものだ。
そして、この世界は人で回っている。
なので、世界も変わるのは至極当然だ。
だが、変わらないものもあるのだ。
例えば、人の仕事。人生と言い換えてもいい。
深夜0時ごろ、頭上を走る電車の車輪の音をトンネルの中で聞きながら、一人のサラリーマンが顔を真っ赤にしながら、おぼつかない足取りで帰路についていた。
もう50代過ぎのこの男はスーツのベルトが外れそうなくらいにかなり太っており、頭からはすっかり髪が無くなっていた。恐らくなにかの飲み会の帰りだろう。ゲーゲーと吐いてはなにやら意味不明な言葉を連発していた。内容は世間への恨みだの、家庭の事情だのと言った、この年頃の会社員にしては、まあ月並みな言葉ばかりだ。
「お~れ~あ~、がんばってんだぞ~。この○×*△……」
などど、誰に言うでもなく文句をぶつぶつつぶやいていた。彼にとって、それは変わらない世界の日常だった。
このときまでは。
あと数メートルほど歩けば、いつものトンネルを出る。ガタンゴトンと、電車に負けずに、最初は小言に過ぎなかったことが、暴言へと大きくなっていった。
背の低いトンネルを出たら、左側には、草スキーでも出来そうなくらいの急斜面の原っぱがあり、そこから腰の高さくらいある草ぐらいしか生えていていない原っぱ、そして数メートル小川。右側には幅が数メートルほどの人が一人入れるくらいの深さの溝がある。
いつもの風景が広がっているはずだった。
もうすぐ出口にさしかかる、そのときだった。
目もくらむような、眩しい光が彼を包み込んだのだ。
その光は、暗がりの電灯が発するような輝きではない。目だけでなく、顔まで焼き付くような明るさだった。
男はなにごとか分からず、その場に倒れると、わけも分からず、溝の中に転げ落ちてしまった。落ちるや否や、すぐに状況を確かめようとコンクリート製の溝の縁に手をかけ、頭だけ道の上に突き出した。
だが、すぐに頭をひっこめた。
小川のそばに、数人ほどの人間がいた。そいつらは、頭からつま先まで、灰色のビニールのような防護服を着ている。以前なんか、テレビで、昔事故って破壊された、原子力発電所を調査する軍人を特集する番組を見たのを思いだした。
あいつらも確か、こんな服装してたっけ……
彼らはガスマスクもしている。周りは4~5メートルほどの電灯で囲ってあり、なにやら話し込んでいる者もいれば、その場を散策している者もいた。
男はじっと息を殺して、その場を動かず、じっと息を殺すことにした。もしかして、なにかの事件かもしれない。野次馬根性というよりも、興味がまさった。
2~3分ほど経って、ふと気づいた。
防護服たちの身長が自分よりもかなり低いのだ。
連中の周りは、いつも見る電柱の半分くらいの高さの電灯が5~6本ほど立っている。電灯と比較しても、彼らが小さいのは明らかだ。
――ひょっとして、ガキ?
そう思うとさっきまで持っていた警戒心が吹き飛んだ。もしかしたら、なにか、スポーツクラブの子供たちが自主練でもやっているのか?
だが、彼らの格好は、以前なにかのテレビ番組でみた、どこぞの軍隊みたいな服装が気になる。
また興味が強くなってきて、もう少し顔を出そうとしたが、彼らに見つかるかもしれない。男は身を乗り出すと、草原の中に身を隠しながら、彼らに近づいて行った。
草は大人の腰の高さくらいしかなく、匍匐前進していくしかなかった。もう中年の男には少しきつかったが、興味のせいでなにも苦にならなかった。それはこっそり親に内緒でなにか悪いことをたくらむ子供の心境に似ていた。
やがて、例の電灯の傍まで来た。見つかるとマズい。とりあえず電灯の下に生い茂っている草むらに隠れた。
電灯に照らされたその場の様子をよくとらえることが出来た。
そこは綺麗に円形状に刈り取られていて、光のせいか、アイススケート場のような光沢を放っていた。防護服の連中の中には、中心にいる者もいて、なにやらカセットデッキのような機械を持ってなにかをしていた。
近くにきたせいで緊張してきた男は息を殺し、その場にうずくまった。
「~ったく、こんなとこに来なくてもなあ~」
連中の一人から、なにやら怒った男の声が聞えてきた。防護服は結構な厚みがあるのだろう。なにやらぼそぼそと言っている。
「まあ、もうしょうがない。」
「アス爺はちゃんと知ってんでしょうね‼」
「言い出しっぺは彼だからね……」
「あの人って、ほんとに頭いいの?」
「基本設計はしたからね~。」
なんだが、大人の、なにかの技術者らしいような口調だ。
「―こんなコンパクトで……」
「――平面航法だと……」
「10次元空間で……」
「それだと超ひも理論に……」
しかもなにやら、科学的な言葉を流暢に使ってやがる。高校、大学と理系まっしぐらであった(ただそんなにまあ成績よくなかった)自分にもよく分からない言葉だ。
「よし、それでは実験をスタートします。中央から2~3メートルくらい離れるように‼ 繰り返します……」
なにやら大きなサイレンが鳴り響いた。彼はとっさにことに驚いて、思わず尻もちをついてしまった。そっと電灯の影からまたのぞいてみたが、誰も気づいていないようだ。
「開始‼」
という放送とともに、自分の傍の電灯がどんどん光り始めた。さっきのような目がくらむような明るさではない。じっと見つめていると、目の奥がチクチクしてきた。
――なんか、やべ~‼
雷のような轟音が耳に響いた。
一瞬だった。
彼はなにが起こったか分からず、うつ伏せに倒れてしまった。すぐに起き上がると(ただし、見つからないように)再び草むらからのぞき始めた。
さっきの場所は、先ほどではないが、ぼんやりと薄暗く光っている。電灯からの光ではなく、円形状の草むら自体が光っている。
すると、なにやら人の形をした影が、ゆっくりと地面から伸びてきたではないか‼
――幽霊か?
そう思った矢先、人影は光の中からゆっくりと子供たちのほうにやってきた。
―ヒト?
そう思った。ソイツは確かに、腕、腰、二本の両足で立っていたからだ。
だが、それは間違いだったと、ソイツの姿を目にして、気付いた。
ソイツは、体が2、3メートルくらいあろうかという巨人だった。形は人そのもので、着ているのは、ヌメヌメとした光沢を放っている、灰色のいレザースーツのようなものを着ている。パイプみたいなものが体中をまとわりついているせいか、『着ている』というよりも、『体に張り付いている』という言い方が正しい。肌はイカのような、透き通る白で、目は真っ黒だ。
「ああっと。」
防護服を着た子供がなにやら、あいつらと話そうとしている。隣にいた子供は左腕についた機械を操作し始めた。
今度は、灰色の巨人たちが、口をパクパクし始めた。なにか、話しているみたいだが、意味は分からない。しかも、その口調は、はっきり聞こえるモノではない。ブクブクと、水の中で話しているような音だ。
――なにやっているんだ?
「すると、その、モノというのは、もうこの星にあるってこと?」
「そういうことらしいね。」
「どこにあるか、聞いて。」
すると傍で、なにかが這うような音が聞こえた。顔を向けると、そこには大きな蛇がいた。
「―⁉」
ガチで、アナコンダかなんかかと思った。
だが、間違いだった。
ソイツは確かに蛇の形をしていた。長さ2~3メートルほどもある、巨大な蛇。
でも、目はライトのように、赤く光っている。しかも一つ目。体は、なにか、四角くくて、赤や青の銅線が張り付いてて、灰色のブロックみたいなのがつながっている。こちらが体勢を変えると、やつもそれに合わせるように、目を向ける。
―ロボット?
それに間違いなかった。現に、車のエンジン音みたいなのがこいつから聞えてくる。ルービックキューブみたいにカクカクと、ブロックでつながれた体を動かす仕草は、じつに奇妙な光景だ。
蛇型ロボットは、地面を、本物の蛇のように、あいつらのほうに向かって這っていった。
―やばい‼
逃げ出そうとしたとき、彼らから声が聞えてきた。
「そのモノのある場所って……」
「そうだよ。」
防護服の子供たちの声だ。そのうちのリーダーらしいやつが、もう一人の肩に手をやっている。
「君がいた場所だ。しかも、それは、君の友達が持っているらしい。」
「―もしかして……」
なんだが、びくついてる。
「かしわぎ、まな?」
―だれだ?
「そうだよ。」
リーダー格の子供が、なにやら深刻そうな口調で言う。
「ええっと……」
言われた子供はなにか心当たりがあるらしい。言葉を詰まらせている。
「とにかく、あの町に行かないといけない。」
「誰が行くんだい?」
「そもそも行く必要がある?」
「ヒトが死んだら、色々面倒だ。」
「また~そんなこと言っちゃって……」
二人の周囲の取り巻きの子供がなにやらそういって、騒いでいる。だが、どいつも同じ服装なので、誰が誰だか分からない。
「とにかく、急いで~、えええっと、この、まなって子? 早く保護してあげないと……」
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